第14話 神という名の呪(しゅ) 3
「今日はどうもありがとうございました。」
鳥居の前で、伸は深くお辞儀をした。
「こちらこそ、貴重な霊獣とお会いできて光栄でした。」
渡井も神に仕える者らしい綺麗な形のお辞儀をする。
伸の肩の玄狐が、耳をぴくりと動かした。
「また何かありましたら、お気軽にお越し下さい。」
そこで一旦、渡井は言葉を切ってほんのわずか、その表情に得体の知れないものを浮かべた。
「そして、これから起こるであろう事件に、ご助力いただければと思います。」
「渡井さん。」
伸の柔らかい風貌には似つかわしくない、固い声だった。
「その件に関して、僕なりの意思を伝えたいと思います。十年前、僕らは命を、そう、本当の意味での生命を賭けて戦いました。世界を守る、そんな曖昧な名目で。今思えば、僕たちはあの時、世界を守ったんじゃなかった。子供だった僕らが守りたかったのは、出会ったばかり仲間だけだったのかもしれません。それくらい、僕たちには本当に『心から望んで守る世界』なんて知らなかった。でも今は違う。大人になって、それぞれが心から守りたい世界を持っている。失いたくないものを持っている。それは同時に、自らの命も守らなければならないと言う事です。だから渡井さん、もし、この件で僕以外の誰かが犠牲になるようなら、僕はあなたやこの国を裏切ってでも、仲間を騙してでも、手を引かせて頂きます。」
伸の強い決意の言葉に、渡井はすっと表情を消し、目を細めた。
「そうですか。それならば、僕以外、とおしゃられるのはどういう意味でしょう。」
「言葉通りです。この件で命の遣り取りをするのは僕一人で十分です。」
張りつめた空気が二人の間を流れる。
「臆病なんです、僕は。昔も今も。出会ってから十年という月日が、遼や秀や、征士や当麻、ナスティや純、彼らを僕のかけがえのない友人、いや血縁以上の僕の一部にしてしまったんです。前は良かった。まだ、互いの事もよく知らなかったから。でも今は違う。たくさんの言葉を交わし、戦士ではなくただの一人の人間として関わり、時間を共有した。そんな彼らが血を流すのは、涙を流すのはもう見たくないんです。」
「大切なご友人を守るためなら、自らの命を犠牲にすることを辞さないと。お父上と同じ道を選ばれると。」
「今の僕には、守りたいものは彼らしかないんです。皆と違って。」
「分かりました。その言葉、しっかりと胸に刻んでおきます。」
渡井は目礼をしてその言葉を真摯に受け止める。
卯月の優しい風が緊迫した二人の空気を和らげるように吹き抜けた。
一緒に、ちらちらと黄金が舞う。
「それでは、失礼します。」
伸は再び深いお辞儀をして、くるりと踵を返して神社を後にした。
見送った渡井は、背後を振り返り、本殿を見る。
先程までの強い気は、全く感じられなかった。
「神の時間と言ったか。毛利伸は、あの部屋で何と対話したのか。我らは彼を見くびっていまいか。」
独り言のように呟き、渡井は宮司が待ちかねているであろう社務所へと向かった。
2010.06.11 脱稿

