黒い霊獣 おまけ

 第13話 黒い霊獣 おまけ


 その夜、僕が布団に入ると玄狐がぴょんとベッドの上に飛び上がって来て、僕の体と掛け布団の隙間をかりかりと引っ掻くような動作をした。どうやら、中に入りたいらしい。
「一緒に眠るのかい?」
 布団を持ち上げると、玄狐はその中に潜り込んで、脇の下でくるりと丸くなった。
 霊獣とはいえ、このサイズの動物は可愛いのだ。
 名前はクロと名付けた。名前を付けるのは失礼かとも思ったけれど、呼ぶ事もできないのでは面倒だ。
 渡井さんによると、霊獣というのは性別がないそうで、食べる必要もないらしい。自然があれば生きて行けるのだと。ただ、霊獣とはいえ、僕の気に引き寄せられて現れたので、僕の気を必要としているのかもしれないとも言っていた。
 最初に玄狐に感じた水の気は、どうやら反射鏡のようなものだったものらしい。
 世界も生命も、五行すべての性を備えている。それが循環して理を作っている。そのどれか一つが際立って優れていると、「水の性」「土の性」となるわけだけれど、どうやら、僕の水の気が土性の玄狐の中の水の性に響いたために、クロに水の気を感じたようだ。
 脇の下ですやすやと眠り始めたクロを見ていると、とても霊獣だとは思えない。
 子供を見守るお母さんって、こんな感じなのかな。
 うつらうつらし始めると、ごそごそと音がした。
 いつものように、当麻が布団に入ろうとしている。
 その時だった。
 僕に抱かれてぐっすり眠っていたクロが、突然跳ね起き、布団から這い出てベッドの上で唸り始めた。
 もちろん、相手は当麻だ。
 クロに睨まれた当麻は、ぽかんと口をあけて間抜けな顔で僕を見た。
「おい、伸。なんだこれ。」
「これって、失礼だね、当麻。クロは霊獣だよ。」
「それは分かってる。なんで、こいつがここにいるんだ?」
「僕と一緒に寝てたんだよ。」
 当麻の顔が、苦虫を噛み潰したような顔になる。
 しかし、何故、と思う。
 確かにクロは、僕以外の他の四人にはなついていないけれど、かといって唸るほど嫌っているわけでもないはずだ。
 霊獣というのは、基本的には精神体と同じだから、物理的な要因で好き嫌いを表すはずはない。
 だとすれば、何かの気……。
 そこまで思いついて、思い至った。
 そうだ、当麻は五行でいうところの木性。
「別にそいつが伸と寝るのは勝手だけどさ。なんで俺が唸られるわけ?」
「はは。当麻はクロの苦手な性だからね。」
「そりゃ、あまり動物には好かれないけどな。」
「そうじゃないよ、当麻。クロは土行、当麻は木行だろ。つまり五行の相剋でいうところの木剋土にあたる。クロにとって、当麻の性は、自分の気をを吸い取られるいわば天敵ってやつだよ。」
「なるほど。」
 顎に手を当て、クロをじっと観察しながら当麻は何やら考えているようだ。
 嫌な予感がする。
「つまり、本能的にこいつは俺のことを敵と見なしているということだな。」
「まあ、そういうことだね。」
「しかし、このままでは俺はベッドに入れないことになる。」
「うーん。」
 確かにそういうことではあるけど。
 クロを胸に抱いて、当麻が僕を抱き枕にするというのは、今、この状態では難しい。
 すると、何を思ったか、当麻が突然、クロをぴしっと指差して、宣戦布告をした。
「ふふん。霊獣だろうが何だろうが、所詮、狐は狐。智将の俺の敵ではない。」
「ちょっと当麻、何する気?」
「伸、悪いが少し、冷蔵庫を漁るぞ。」
 そう言って、当麻は寝室を出て行った。
 五分後、当麻は不敵な笑みを浮かべて戻って来た。
 手には何やら、茶色いものがある。
「当麻、ちょっと、それ、明日の朝のおみおつけ用の油揚げ!!」
「狐といえば、コレだろう。」
 だから霊獣は食べ物を食べないと言ったのに。
 一体、どこが智将なんだ。
 僕の溜め息をよそに、当麻は袋から油揚げを取り出して、唸るクロの鼻先の前に突き出した。
「当麻、無駄だよ。」
「そうでもないぞ?」
 次の瞬間、クロはぱくりと油揚げを丸呑みして、くうーんと鳴いた。
 もしかして、本当に油揚げで手なづけられたのか?
 当麻はクロの前に、二枚目の油揚げをちらつかせ、まるで子供に言い聞かせるように言った。
「いいか、このベッドは俺と伸が寝る場所だ。お前が一緒に寝たいなら、俺の言う事を聞け。いいか?」
 な……、当麻、君ってやつは霊獣に向かって何を!!
 しかし、僕の怒りは全く伝わらなかったようで。
 クロは当麻の言葉に従うように、またくうーんとひと鳴きすると、二枚目を平らげた。
 そして、勝ち誇った顔の当麻が僕の顔を見て言った。
「俺の勝ちだ、伸。」

2010.0611 脱稿


絵描きさんが黒い霊獣を読んだ後に、「一緒に寝ようとしたら羽柴が抱き枕を霊獣に拒否られる絵」を送ってくれたのが面白くて、うっかり書いてしまいました。木剋土の関係は、最初から意識してた訳ではなく、実は偶然にもこういう設定になってしまいました(笑)自分でびっくりです。