第37話 天泣の祓




 征士と秀が、下北沢の駅近くにある、昭和の雰囲気の香る喫茶店に腰を落ち着けたのは、壁に架かった古時計がちょうど三時を知らせたときだった。しっとりと落ち着いた店内には、美しい木目の模様が壁や机のあちこちに浮き彫りになっている。柱も、木をそのまま切り出したものを使っていて、この店のオーナーの趣味を伺わせた。客層もそれにあわせて、下北沢という若者の街にしてはずいぶんと高めだ。演劇と音楽の街らしく、業界人らしきスーツ姿もちらほらと伺える。
「……今日も収穫なしだったな。」
「ああ。仕方ない、焦りは禁物だ。」
 座りながら互いに相槌を打つ二人に、ウエイトレスがメニューを持って来る。ありがとうございます、と征士が受け取り、テーブルに置く。
 遼がさらわれてから、半月以上が過ぎようとしている。資料調べで忙しい当麻を除く三人で、都内近郊のJRや私鉄各路線をしらみつぶしに乗って、遼の「気」をなんとか捉えようとしているのだが、未だ手がかり一つ掴むことができない。
「それに、地図を見る限り、私たちはまだ東京の電車の半分も乗っていないぞ? 希望がないわけではない。」
 言って、征士はメニューを秀に渡した。
 時間の許す限り、遼の捜索に出て三人は改めて知った。さすが、迷路と言われるだけあって、東京の電車網は想像以上に複雑で走る路線の数が多い。半月も路線図とにらみ合いながら、まだ残りの路線は半分以上残っていた。
 今日は、渡井に誘われて、当麻と伸は田無神社の大祓に参加している。本当は全員で来て下さいと言われていたが、遼を捜す時間が惜しかった。ゆえに当麻と伸に代表して参列してもらい、征士と秀は東京東部の私鉄三本に乗って帰り道に下北沢に寄った。
「下北沢においしいパン屋さんがあるそうだから、帰りに買って来てよ。明日の朝ご飯の分だけでいいからさ。」
 テレビで得たらしい情報に、好奇心たっぷりの表情で伸が秀に、地図と店の名前をメモした紙を渡したのは、今朝、二人が出かける直前だった。もちろん秀は、「おいしいパン」の誘惑には勝てず、二つ返事でそれを引き受けた。遼のいない今、暗くなりがちなゲストハウスに必要なのはおいしい食べ物だと秀は信じて疑わない。
 オーダーを取りにきたウエイトレスに、征士は紅茶、秀はオレンジジュースを頼む。
 それからしばらく間を置いて、秀はあたりを観察するように見回してから、ほんの少し前屈みになり、征士の硬い紫水晶の目を見た。
「征士、お前、大丈夫か?」
「なんのことだ?」
 唐突な質問に、征士は目を瞬かせて即座に返した。
「遼がいなくなってから、お前、ちゃんと食ってないぞ。」
「そんなことはない。ちゃんと飯時には席について、皆と一緒に食べているではないか。」
「量のことだよ。こっちに来た頃の半分くらいしか、お前、食べてないんだよ。」
「お前を基準にするな。伸やお前が作ってくれているものだ。きちんと、食べている。」
 ほんのわずか、ムッとした顔で征士は腕組みをすると、背もたれに体を預けた。
「案ずるな。私は、大丈夫だ。」
 大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、征士は秀から視線を逸らせて遠くを見遣った。
 ……秀には隠せないのかもしれないな。
 もちろん隠そう、というつもりはない。遼がいないことを不安に思っているのは自分だけではないのだ。ただ、ほんの少し、自分と遼の距離が近かっただけで。
 あの日から、遼のいなくなった夜から、冷たいベッドに横たわるのが怖くなってしまった。彼がいないことを、毎晩、実感してしまう。瞑想をしたり、夜の公園で一時間ほど竹刀を振ったりして気を落ち着けても、やはりベッドを前に「遼はいない」ことが現実として突きつけられるのだ。
 誰もいない、温もりを失った部屋で。
 呆然と立ち尽くした夜は一週間ほど続いた。
 二十年と少しかけて築き上げた精神力は、遼の不在という現実の前には全くの無力だった。むしろ、これまで感情というもののほぼ全てを、その精神力に依存していたのが裏目に出た。依るべき「強靭な精神力」をなくしてしまった今、底の見えない黒い澱のような恐怖を押さえる術が見つからない。心の中を荒れる名を持たぬ感情を押さえる方策が見つからない。
 そんな不安の泥沼で足掻いている自分に、天狗は止めを刺した。
 ……そちらの貴方が、狩ってしまいましたか。
 自分の名前は、その性質は「ヒ」を狩るものだという。あとで渡井氏に尋ねたところ、「ヒ」とは「霊」のことであり、また「火」に通ずるのだと知り、言葉を失った。「光」は、まっすぐに世界を照らす清く正しい「光」以外の何物でもないと信じていた、その自信は、波際に作られた砂の城のごとく脆く崩れ去った。
 そうして弱くなってしまった、そのことを恥だとは思わない。自分がまだ人として未熟なのは、分かっている。が、この事態において皆に心配をかけるのは不本意なので、なるべくそうと悟られぬように、自然に振る舞っていたつもりだったが。
 ……秀は時折、本質を見抜く直感力を発揮することがある。
 それはまだ少年のときから、薄々と感じていたこと。食事の量など、誰が、いや自分すら気付かなかったというのに。
「そういうお前はどうなんだ? 鬼と言われて、ずいぶん気にしていたではないか。」
 それ以上、踏み込まれることを半ば躊躇って、征士は秀に話題を振った。
 問われた秀は、乗り出した身を引いてから、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「おうよ。俺が鬼だとしても問題ない、と開き直った。」
「問題ない? なぜだ?」
「里菜がな、俺が鬼だろうが化け物だろうがかまわないと言ってくれたからな。俺はそんな里菜を守りたい。里菜を守ることはつまりこの街を守ることだ。この街を守ることができるなら、別に俺は人でも鬼でも気にしねえよ。里菜のいる世界を壊そうとするやつは、俺がぶっつぶす。たとえ鬼になってもな。そういう結論に至ったんだ。」
「……なるほど。」
 至極、明快である。
 真夏の青空のように突き抜けて簡潔なその思考回路に、征士は多少の羨望を感じて、わずか、目を細めた。口の端にちらと笑みを浮かべて征士は続ける。
「お前らしいな。」 
「……征士、今、俺のこと、馬鹿にしただろ。成長してないって。」
「いや、そうじゃない。秀のそういうところを、昔から私は好ましく思っていた。」
「な、なんだよ、それ。」
 柄にもない友人の言葉に秀はたじろいで、それからふむ、と独り言を漏らした。 
 ……征士のヤツ、思った以上に参ってるな。 
「そのお前の爪の垢を煎じて、伸に飲ませてやりたいものだ。」
 ふと、呟くように征士は言った。
 二人の間の空気がすっと冷える。
「お待たせしました。」
 そのひやりとした空気を割って、ウエイトレスがオーダーの品をトレイに載せて持って来た。茶色で統一されたデザインのコースターを秀の前に置く。征士の前に紅茶の入ったティーカップを、秀の前のコースターの上に濃いオレンジ色の液体の注がれたグラスを置くと、「どうぞごゆっくり」と頭を下げてその場を離れた。
 二人が一口ずつ、飲み物を口にしてから。
「そうだな、伸のやつ、どうも、空元気(からげんき)っていうか、なんていうんだろうな。なんか抱えてるよな。」
 ぽつり、と秀が言う。
「……やはり気付いていたか。」
「これでもな、俺は四人の弟と妹の面倒をみてきたんだぜ? だから、誰かが疲れてるとか悩んでるとか、そういうのは分かるつもりだ。」
「そうだったな。そういう点においては、秀は私よりも秀でているのだったな。」
 ずいぶんと素直な友人の言葉に、秀は妙にむずがゆい思いをして、かりかりと頭の後ろを掻いた。
「まあ、なんていうんだ。その、俺には遼みたいに野生のカンみたいなもんはないし、伸みたいな気遣いができるわけでもないさ。当麻のように頭がいいわけでもない。そんで、お前みたいに、真実を見透かすような眼を持っているわけでもない。……征士、お前には、今の伸はどう見える?」
 秀の言葉に、征士は一旦、眼を閉じる。一分、二分……過ぎる時間に思考をゆだねたあと、征士は眼を開いた。
「伸になにか、取り憑いているのではないか、というのが私の考えだ。」
「取り憑いてる? なんだ、そりゃ?」
 言ってから、秀は思い出したように声をあげた。
「あの、神田の事件のときのことか?」
 神田明神の守護が落ちたとき、伸の様子が突然、変わった。豹変した、と言っても過言ではない。暗闇の中ではっきりとは分からなかったが、ほんのわずかの間、伸は伸以外の「何か」に変化してしまったのを、秀は自分の目で見ている。
 秀の言葉に、征士は小さく頷いて続けた。
「あれほどはっきり現れたのは、神田の事件のときが初めてだ。いや、私が思うのはそれ以前から、どうも伸に『何か』取り憑いている気がするのだ。」
 征士の意外な言葉に、秀はへの字に口元を曲げて、黙り込む。
「私が気付いたのは、まだ皆でこちらに集まってから半月も経たないころだった。どうも、時折、伸の姿にぼんやりと靄のような影がつきまとっているのだ。」
「おいおい、ちょっと待てよ。それってもう二ヶ月以上前じゃねえか。」
「別に、皆に隠していたわけではない。ただ伸自身が黙っていたのでな、何か訳でもあるのだろうと、あえて聞くことはしなかったのだ。しかし、神田で伸に重なって見えたのは……巨大な『蛇』だった。」
「おいおい、マジかよ。だってさ、ほら、ゲストハウスって渡井さんのところの術師さんが結界を張ってくれてるんだろ? なら、伸は入れないんじゃないのか、そんなのが取り憑いてたら。」
 四月、黄金の斎庭でナスティや純を含め七人が、田無神社で渡井と会ったその直後に、陰陽寮の術者たちが彼らの住居に結界を張った。北斗を司る彼らが、禍つものや邪神に生活安全圏を犯されないための対策だったが、本人たちに知らされたのはそれから半月も経った頃だった。
「うむ、私もそれは考えた。だから『結界に引っかからない悪いもの』ではない、と判断したのだ、伸に憑いてるものは。しかし、神田の一件を見ると、あながちそうは言い切れないのかもしれない。」
 うーんと唸って、秀が深く太く溜め息をついた。
「伸の野郎、何考えてんだよ。じゃあ、当麻も知ってるな、それ。」
 神田で正気を失った伸を元に戻したのは、当麻自身だった。伸のことについては、他の誰よりも気にかけている彼が気付いていないわけがない、と秀は思う。
「だろうな。やつが必死で資料に埋もれているのも、それが一因かもしれない。」
 言ってから、征士はティーカップに口付けた。つられて秀もストローでオレンジ色の液体をかき混ぜながら、ジュースを飲んだ。
 店内は密やかな歓談の声が飛び交っている。耳を澄ませば、ちらほらと専門用語や業界用語らしき言葉が聞こえてくる。店の奥でコーヒー豆をひく音、グラスに氷がぶつかる音、カップをソーサーに戻す硬い音。それらが一緒になって、店の空気を編み上げている。
「当麻のヤツも、相当キツイ思いをしてるんだろうな。まあ、食事はいつも通りだから心配はしてないけどよ。」
 ストローから口を離して、秀は言った。征士がそうだな、と呟いて続ける。
「伸には得体の知れない何かが取り憑いて、遼はさらわれた。元軍師としては面目丸つぶれだな。十年前の事件のように、戦うべき敵がはっきりしているなら、対策も立てようがあるのだろうが。」
「そう、それなんだよ。俺もこういう、誰と戦っていいのか分からない状況っていうのが苦手でさー……」
 秀が肩ごと大きく頷いて言葉を続けようとしたとき。
 カツン、と場にそぐわない硬質な音がした。
 征士と秀は一瞬にも満たない間、視線を交わして音の方を見る。
 丁寧に拭かれて黒光りしている床を、水晶のようにきらめく鎧玉が転がっている。何かに惹かれるように転がる玉の先には、男がいた。
 ふと男は振り返り、足元のそれを拾い上げると、歩みを戻してそれを征士に渡した。
「落ちましたよ。」
「……ありがとうございます。」 
 受けとりながら、咄嗟に口をついて出た言葉と同時に、様々な思いが脳裏を過る。
 なぜ鎧玉は、勝手にポケットから出たのか。
 この男の気配は、まったく感じなかった。
 どうしてこれが私のものだと、男は分かったのか。
 顔を上げて男を観察する。特にこれといって特徴のない男だ。四十前後の、どこにでもいそうな男性。チノパンとカジュアルな濃い茶色のジャケットという服装から、サラリーマンといった堅い仕事ではないことは伺えたが、そんな人物は店内に掃いて捨てるほどいる。ほんの少し、目元の皺が目立つ程度で癖のない顔は、次に会うときにはもう忘れているだろう、そんな印象の薄さだ。ましてや、異能の者や霊力のある者の感触を全く感じず、征士は疑問に首を傾げたとき。
「探し物は見つかりましたか。」
 ほんのわずか、男と視線がぶつかった。
 ……なんだ、これは。
 男の双眸に、闇がある。底知れぬ、湿度の高いねっとりと燻る闇。魅入られるとそこから抜け出せないような。
「……あなたは」
 征士の質問に男は答えず、踵を返してその場を去った。カランコロンと店のドアが開閉する音が聞こえる。
「おい、なんだ今の。」
 秀が驚いて征士の手に収まっている鎧玉を覗き込む。玉は、仄かに緑の色を放って、何かと共鳴しているようでもあった。
 ……探し物は見つかりましたか。
 探し物? とその意味を征士は自らに問いかけて、はっと息を呑む。
 光輪の鎧玉が共鳴しているのが、遼の気なのだとしたら。
 今の男は。
 ガタッと荒い音を鳴らして征士は席を立った。男の消えた方を睨み据える。
「おい、征士、どうしちまったんだよ。」
 友人の、らしくない行動に目を丸くする秀を横目に見ながら、征士は怒りを押さえた低い口調で言った。
「今のが、おそらく洞真法人だ。」
「なんだって!?」
 手のひらで未だ淡く光る鎧玉を見つめながら、征士は独り言ちた。
「……遼は、この下北沢のどこかに囚われているのかもしれない。」 



 どこまで続いているのか分からない、果てを知らない白い空間で、遼はあぐらをかいて座り込んでいた。
 かすかな音もなければ、白以外の色も見当たらない。匂いや湿気もなく、足に触れる白い床の感触は、突起のひとつもない滑らかさだ。気味の悪いほど、何もない。
 ここに囚われてもう何日が過ぎたのだろう、と遼は思いを巡らせる。
 伸と買い物に出かけて、その帰りに、吉祥寺の人混みの中で、突然、時が止まったように思えた。そのとき、人混みの中から伸びてくる手に強引に引っ張られて、抗うこともできず、気付くとこの白い空間にいた。
 それからどれくらい経つのだろう、と。
 この空間は特別な場所であるらしい。ここに来てから、空腹も眠気も疲れも感じない。おかげで、体内時計で日数を数えようにもその機能がうまく働かないのだ。
 ただなんとなく、数日、といった短い時間ではないことはうすぼんやりと感じる。それこそ本当に勘だが、自分の呼吸する空気が、この異常な空間に馴染んでしまう、それくらいの時間は経った気がするのだ。
 皆、心配しているだろうな、と思う。
 自分の不注意でこんな状況に陥ってしまったことに悔しさを禁じえない。そして他の四人やナスティたちが、自分を捜していると考えると、いてもたってもいられない。早くここを抜け出して、皆に、……そして征士に会いたいのだが。
 考えられる脱出方法は全て試した。
 しかし、この空間では鎧玉の力は発揮できず、床を素手で叩こうともびくともしない。果てを知らない白い空間を延々と歩き回ったが、どこにも到着することはなかった。まさに万策尽きて、生殺しにされているこの状態の真の恐ろしさに気付き始めたとき。
 白い空間にはじめて変化が起きた。
 座り込んだ遼から少し離れたところに、灰色の影が落ちた。その影から人が……男が生まれるように現れた。
「誰だ?」
 思わず立ち上がり、野生の獣が威嚇する唸り声にも似た声で遼は尋ねる。
 男は答えなかった。ただじっと、遼を見ている。観察している、といった方が正しいかもしれない。捕まえた獲物を検分するかのごとく、探るような目つきで遼を見つめている。
 その冷ややかな視線に、居心地の悪さを覚えた瞬間、遼はふと我に返った。
 ……感情に任せて相手を怒らせてはダメだ。
 今は、この現状を打破するために、なるべく多くの情報を得なければならない。ならば、相手の気分を害するよりも、得意ではないが駆け引きをした方が幾分、外に出られる可能性がある。
 ならば、何を尋ねるべきか、と遼はふと迷った、そのとき。
「先程、貴方の仲間に出会いましたよ。」
「なんだと?」
「金髪が目立つ方と、体格のいい方に、この近くの喫茶店でばったりと顔を合わせました。」
「征士と、秀か!? この近くに来てるのか!?」
 思わず立ち上がり、希望の光にも聞こえる二人の名前を口にする。その自分の声を自分の耳で聞いて、遼は慌てて口元を手で押さえた。余計な情報を、敵であると思われる相手に与えてしまった、と思ったからなのだが。
「気にしなくて結構。貴方たち五人と周辺の方々の情報は入手済みです。」 
 言って、男は愉快そうに笑った。人好きのする笑顔。ほんのわずか、目元に刻まれた皺が深くなる。
 その表情があまりにも悪意に欠けたものだったので……どう見ても、自分を殺そうとか仲間を害しようとする者の顔とは思えず、遼はぽかんとして、改めて男を見た。
 ベージュのズボンに濃い茶色のジャケット。顔付きは特にこれといって目立つところのない平凡な四十代のもの。結婚して子どもと奥さんがいてもおかしくないような、至って普通の雰囲気。渡井や陰陽寮の人たちが放つ独特の鋭い空気はない。
「……あんた、一体、何者だ? 俺をここに閉じ込めている目的は?」
 至極、冷静に、遼は訊いた。
「そうですねえ、しいていうなら、賭けに勝つため、でしょうか。」
 男は、笑顔を崩さず、遼の問いに答えた。
「賭け?」
「作ろうとすれば、それを阻止しようとする者もいます。私はその『阻止する方』の駒です。」
「……作るって、陰陽寮がやろうとしてる北辰結界のことか?」
「さあ、そこまでは。」
 男はすっと口元を引き締めて真面目な顔になると、遼に噛んで含めるように言った。
「呪術師というものを、あまり信用しない方がいい。」
「どういうことだ?」
「貴方たちの情報を教えてくれたのは、貴方も知っている呪術師だからです。」
「えっ……」
 遼の脳裏に、渡井の顔が浮かぶ。まさかあの人が、という思いと、そんなことはあり得ない、という思いが交錯する。
「あと、心配しなくても、事が終われば、貴方をここから解放します。無駄な努力をして体を壊すことのないように。」
 そう言って男は遼に背を向けると、ふわりと灰色の靄のように霞んで、それは白い空間に寸秒、影を作ったあと、消えた。
 また、遼しかいない真っ白の空間に戻る。
「一体、どうなってるんだ。」
 様々な思いが遼の胸を過る。誰が敵で誰が味方なのか。いや、もしかすると「敵」「味方」など区別はつけられないのか。
 ふと、太腿のあたりにふわりと温かいものを感じて無意識に手を伸ばす。
 ポケットから取り出した鎧玉がわずかに赤く光を放っていた。

当麻も伸も出て来なかったですね……。一応、5人の物語なのでこういう回もあります。次回は当伸回です。その他呟きはブログにて。