第9話 黄金の斎庭(ゆにわ) 〜参〜
まぶしい黄金の日射しが瞼の裏を染め、伸は目を覚ました。
思いがけない場所にいることに驚いて、問うように、自分を抱き上げる人物に声をかける。
「とう、ま?」
「気づいたか、伸。どこか、具合の悪いところはないか。」
伸の顔を覗き込む当麻の目は、彼にふさわしくない、深い不安に満ちたものだった。
一寸前の過去に、伸は思いを馳せる。
確か、神社の本殿に降りていって、そこには、この国の水を司る神々の総本山ともいうべき、金龍さまが鎮座していらっしゃった。
強い水の気配はそこから溢れていたのだ。
そして、呼ばれたような気がしたのだ、声ではなく、頭の中に、直接、語りかけてくる意思で。
あとのことは、覚えていない。ただ、鮮烈な光にすべての意思が飲み込まれていったことだけが、記憶にあるのみだ。
状況を考えると、そこで意識不明になり、倒れてしまったのだろう。
「ありがとう、当麻。大丈夫だよ。どうやら、強い気にあてられてしまったみたいだね。」
お礼の言葉の言外に、下ろしてくれるように伝えたつもりだが、当麻は、伸を覗き込んだまま、動こうとはしない。
「あのね、当麻。本当に大丈夫だから。」
「え?」
「だから、その、下ろしてもらえないかな。」
「あ、ああ。」
そこで、はじめて、当麻は伸の言葉に気づいたとでもいうように、その目に光を取り戻し、ゆっくりと、伸の体を下ろした。
その様子に気づいて、仲間が声をかける。
「大丈夫か、伸?」
身長差のせいで、やや、斜め上から遼に覗き込まれ、伸は苦笑した。
「うーん、遼にそう言われるとは、僕もこの年で焼きが回ったもんだと、なんだか悲しくなるよ。」
『大丈夫?』というその言葉は、伸が散々、かつての遼に投げかけたものだった。意味を理解して、遼も苦笑いする。
「それだけ話せるなら、大丈夫そうだな。」
「うん。で、その後、どうなったんだい?」
「神主さんの希望で、俺たちの鎧を見せるっていう話になっているんだけど。」
少し離れた石造りの青龍の前で、ナスティたちと一緒に自分たちの様子をうかがっている渡井をちらりと見遣って遼は答えた。
「一応、伸の意思も確認しておかないと。」
「ああ、問題ないんじゃない。10年間前の事件が、それで何かわかるなら、むしろ見てもらうべきじゃないかな。」
歯切れよく即答する伸を、まじまじと見ていた征士が、周囲に漏れ聞こえないようにひっそりと呟いた。
「そう答えられる伸が、我々よりある意味、男前なのは分かる。だが、やはりその格好は問題だと思うぞ。」
今日の伸の服装は、シンプルな水色のフーデッドチュニックにスキニージーンズである。
おそらく、その服装だけなら問題はなかったのだろうが、その格好で、気を失い、無防備であどけない表情で当麻に抱き上げられている伸を見て、残る3人は、聖域においては、邪念ともとれかねない心配と想像をしてしまったのである。それを、征士は3人、もしくは4人を代表して指摘したのだ。
しかし、真意は伝わらなかったようである。
伸は怪訝そうな表情をして、肩を竦めてみせた。
「あのね、この格好には、君たち、特に征士や秀には理解できない僕の悩みが隠されているの。だから、文句を言わない。」
「は?」
きょとんとして4人が伸を見ていると、背後から声がした。
「毛利さん、お気づきになられましたか。」
渡井だった。その後ろには、ナスティと純。
この時、征士だけが、渡井の気配がまったくなかった事に気づき、不審を覚えたのだが、それは心の中にしまっておくことにした。
「ご心配おかけしました。幼い頃、金毘羅宮の大祭に参詣して、御祭神の大物主さまに逢わせていただいた折にもこのような事がありましたので、大丈夫です。成人してからは、そういうことはなかっので、気を緩めてしまっていたみたいです。」
「そうでしたか。あちらの神様も、なまなかではない強力な水の気を持つ神様ですからね。見初められた訳ですか。」
大物主は、蛇神である。古来、日本には蛇神信仰が根付いており、それが大陸から渡ってきた龍神信仰と混同され、水神、雷神とされた。
ゆえに、その大物主命を御祭神とする金毘羅宮は、海上交通の守り神とされており、海事関係者からの崇敬を集め、海上自衛隊の掃海殉職者慰霊祭も行われている。
「ところで、毛利さんが大丈夫なようでしたら、鎧の件を。」
「ええ、伸の了承を得たので、5人の鎧、お見せできます。」
明瞭に答える遼の言葉に、疑問を差し挟んだのは秀だった。
「でもよ、武装するのはいいとして、ここ、神社だろ? 一般の参拝客が来たらどうするんだ? ドラマのロケという訳にはいかないだろ。」
「ああ、その件でしたら大丈夫です。今日は、この神社にはあなたたち以外はいらっしゃらないし、社務所にも、わたしと電話番のアルバイトが一人しかいませんから。」
「そんなことができるのか。」
険しい声音で問うたのは、当麻だった。
「一応、陰陽寮の者として、人除けの呪くらいは使えるんですよ。」
答えてから、渡井は、本殿を向いて右側に開ける広い斎庭を指して言った。
「それでは、問題がなければ、そちらで、鎧を見せていただけませんでしょうか。」
一瞬、5人の間を緊迫した空気が押し包む。
それを破ったのは、秀だった。
「よし、まず、俺が見本をみせてやるぜい!」
駆け出して、黄金が散る斎庭の中央に立つ。
ズボンのポケットから鎧玉を取り出した秀は、玉を手にしたまま、虚空に叫んだ。
「武装ー!金剛ーっ!!」
しかし、続いたのは静寂のみだった。ちらちらと舞う、公孫樹の黄金の葉が、無情にも秀の頭に落ちる。
「あれ?」
ぽかんとする秀を、内心、呆れて目も当てられない、と笑いを堪えていた4人の中で、結局、声を笑い声をあげてしまったのは遼だ。
「しゅうー!! 順番が違うだろ。」
「順番?」
「なんで、お前、そんなこと忘れるんだ? アンダーギアにならないと、武装できないじゃないか。」
言われてから、秀は何かを思い出すように宙空に視線を漂わせて、空いている片方の手で頭をかいた。
「やべー。すっかり忘れてた。」
「これだから、秀は。」
言いながら歩き出す伸につられて、残る3人も黄金の斎庭の中央に立つ。
「秀、お前、銀杏のことばかり考えてたろ。」
「っるせえ、当麻!」
「まあまあ、ここは、全員で一緒にやるしかないんじゃない?」
伸にやわらかく促され、揃って鎧玉を取り出す。
全員がそれぞれの鎧玉に意識を集中し、アンダーギアをイメージする。
本来なら、その意思を受け鎧玉が光を放つ、はずなのだが。
「あれ?」
異変に気づき、5人、それぞれが鎧玉を凝視する。
鎧玉からの反応がないのだ。
「どういうことだ、当麻。」
「おかしいよね。これじゃ、秀のこと、笑えないんだけど。」
遼と伸の問いを受け、当麻が苦し紛れの答えを出す。
「もしかして、武装するには年齢制限でもあったんじゃないか。だから、迦雄須は肉体的にも未成熟な14歳の俺たちを選んだ。」
「そんな馬鹿なことがあるか。」
当麻の間抜けな答えを征士は一蹴する。
その遣り取りを、わずか離れたところから見ていた渡井は、何かあったことに気づいたのか、5人のもとへやってきた。
「どうかされましたか?」
独特の笑みを絶やさずに現れた渡井に、答えたのは大将の遼だ。
「すみません。本来なら、この鎧玉の力で、俺たち、鎧をお見せできるはずなんですけど、どうも、うまくいかないんです。」
「なるほど。」
渡井は静かに頷いて、鎧玉を見つめる。
「この、ご神気の中ではその正体を現す事ができない、いわくのあるモノ、ということでしょうか。」
言われて、5人は思い出す。
この鎧が、元は阿羅醐の鎧であったことを。
その経緯を、果たして目の前にいる他人に話すべきかどうか逡巡していると、渡井の方から折衝案が出された。
「わかりました。今からここに、ご神気を退ける境を作らせていただきます。その境の中でしたら、おそらく、その玉の力は発揮されるでしょう。」
言ってから、渡井は、ゆっくりとした足取りで拝殿まで歩いてゆき、二礼、二拍手、一礼をした。
そして、5人が集まる斎庭の東西南北の方角に、袖から取り出した白い紙に息を吹きかけたものを置くと、再び5人の元に戻って来て告げた。
「今、わたしがこの四方に一時的なご神気を避ける境、つまり結界を作りました。残念ながら、聖域の中には本来なら作ってはならないものですので、時間的には15分程度しかもちません。よろしいでしょうか?」
「はい。わかりました。」
遼の明快で真摯な答えを、どう受け取ったのか、渡井は笑みを深めて頭を下げた。
そして、少し離れたところにいる、ナスティたちの所へ戻る。
「やってみるしかないよね、これでダメなら、僕たちはもう、戦わなくてもいいってことかもしれないし。」
伸の言葉に頷いて、5人は、鎧玉に意識を集中させる。
すると、玉はその意思に答えるように光をたたえ、弾けた。
次の瞬間、5人は10年前に飽きるほど身に纏った、アンダーギア姿になっている。
ナスティの隣の渡井は、そっと尋ねた。
「あれが、鎧ですか?」
「いえ、あれはアンダーギアという状態で、鎧を纏う前の戦闘形態です。あの姿でも十分に並の人間以上の力は出ますが、鎧を纏った時とは比べ物になりません。」
「なるほど、二段活用というわけですね。」
「え?」
その時、斎庭の中央から強烈な気が放たれた事に気づき、渡井は表情をひきしめて、そちらを見遣る。
5人が、それぞれ静かに真摯な瞳で宙空を見ている。いや、見ているのは己自身か。
次の瞬間、遼の叫びが、まるで鬨の声のように黄金の斎庭に響いた。
「武装ーーっ! 烈火ぁっー!!」
「光輪ー!」
「金剛ーっ!!」
「天空ー!」
「水滸ーー!」
飛び交う反物と、散る桜吹雪に懐かしさを覚えたのはつかの間。
数秒の後には、5色の鎧姿の戦士が、黄金の斎庭にそれぞれの武器を手に携え、立っていた。
ひさかたぶりに、鎧を纏う、緊張と感慨とが心身を満たす。
しかし、それは自分以外の鎧姿の仲間を見て、一気にほぐれてしまった。
「伸、おまえ、すんげえ似合ってない!!」
大声で笑い始めたのは秀である。
「なんだよ。秀だって、顔がおっさんくさくなって、鎧が泣いてるよ。」
「俺も、今の伸に鎧が似合わないというのに一票。鎧がピンクなら合格だったのにな。」
「なんだよ! 当麻までっ。当麻なんて、パソコンばっかいじってるから、もう絶対に翔破弓なんて使えないんじゃないかっ。」
二条槍を当麻に向け、攻撃態勢をとろうとする伸に追い打ちをかけるように、遼の言葉が続いた。
「鎧ってさ、やっぱ、成長しても、俺たちの体にフィットするように、装着されるんだな。」
言ってから、遼はさりげなく伸の隣に立って、横目でちらりと伸を見た。10年前は、同じ視線の高さだった遼の目線が、ずいぶんと斜め上にあることに気づき、伸は遼の本意を知る。
伸の顔を覗き込んだ遼は、小さく笑って、伸を宥めた。
「俺は、別に似合ってないとは思わないぜ。ただ、もう肩は借りられないな。」
「はぁ。遼まで。」
久しぶりに鎧を纏ったら、仲間に散々な事を言われ、大きくため息をつく伸である。
しかし、実際のところ、遼や征士は、10年前と変わらず、鎧姿にどこか気迫があり、間違いなく「似合っている」のである。
それに比べ、童顔のまま成長してしまった自分は、鏡がないから分からないものの、やはり鎧姿が滑稽に見えるのか、という思いが胸を過る。
「あの。」
全員が一斉に振り向くと、何かに驚いたような表情をした渡井が立っていた。
しかし、その気配がなかったことに、征士は違和感を覚える。
「これが、その『鎧』でしょうか?」
「はい。これが俺たちの鎧です。10年前、戦った鎧です。」
遼の返事を聞きながら、渡井は、何かに驚いたまま、ぽかんと5人の鎧を見つめるだけだ。
「渡井さん、どうかされましたか。」
伸が丁寧に尋ねると、我に返ったように渡井は、その表情に緩やかな笑みを取り戻した。しかし、どこかぎこちない。
「いえ、鎧、と伺っていたものですから。」
「ええ、鎧ですが。」
「てっきり、テレビの大河ドラマや、戦国絵巻物で見る鎧を想像しておりましたので。今、皆様が纏われておられるのは、鎧というよりも、パワードスーツとか、そういう感じですね。」
指摘されて、5人は改めて自らの鎧を見つめる。確かに、最初に『鎧』と言われたので『鎧』だと思っていたのだが、言われてみれば、日本の時代劇で見るような『鎧』とは造りも何もかも、違っている。
「ま、それは、俺も一度は考えた。この格好で、仮に戦国時代に行って戦ったら、目立ちすぎるだろうとな。まあ、単にこれが作られた時代に、身体を守る『防具』の意味を持つ言葉が『鎧』しかなかったのだろうが。」
なるほど、と当麻の回答に渡井は納得し、質問を続けた。
「ところで、あの、皆様がそれぞれ、かけ声をかけた後に、周りに現れた、あの美しい反物と桜吹雪はなんでしょう?」
「え!!」
全員が驚いて、渡井を凝視する。
それは、他人には見えていないはずのものである。
ナスティや純さえも、見ていなかったはずだ。
「神主さん、あなたは、それが見えたんですか?」
遼の切迫した問いに、渡井が困ったような面持ちで答えた。
「ええ、一応、わたしは異界のものを、この世のものでないものを『視る』力を持っております。ですから多分、見えたのではないかと。」
この神社に来てからというもの、不思議な体験ばかりしているが、この件が、5人にとっては一番の衝撃だった。
ふいに黙り込んで、どこまでを、どのように説明するか、それぞれの胸の中で計る。
結局のところ、やはり、こういう場面で先頭に立つのは、遼だった。
「俺たちのこの鎧をつくりだす力は、普段は、先程、手にしていた『鎧玉』の中にあります。この『鎧玉』は、それぞれ、俺たちの『仁義礼智信』という心の特性に合ったものです。その、鎧パワー、正確には弾動力というらしいんですが、そのエネルギーが鎧に姿を変える時に、反物や桜吹雪となって見えるみたいです。」
「そうですか。仁義礼智信。五常ですね。」
そこで一旦、渡井は言葉を置いた。
「真田さんの、その鎧に触っても構いませんか?」
断る理由も見つからず、遼は頷く。
渡井は、遼の鎧の腕の部分に触れ、目を閉じる。
しばらく沈黙があった。
渡井が遼の鎧から手を離して、5人が瞬間、気を緩めた時、思いがけない言葉を聞く事になった。
「確かに、この纏われている鎧は、五行の力も五常の心も備えていらっしゃる。しかし、鬼の鎧です。ですから、このご神気の中で、力を発揮できなかったのでしょう。」
「あなたに、この鎧の由来が、分かるというのか。」
硬質な声音で尋ねる当麻に、渡井は、あの、年齢を曖昧にさせる独特な笑みを浮かべて、答えた。
「話が長くなりそうですね。じきに、この境も効力を失います。続きは、参集殿でお話いたしましょう。」
すみません。超嘘つきました(汗)結局、武装だけの回になりました。本当は、いろいろ入れる予定でしたが、(というか、今、書いているのです)半端ないテキスト量と展開なので、ここで一旦、区切りをつけました。で、陰陽寮とか阿羅醐の話は、次回です。そんで、本当に次回で神社は終わりです(笑)反物はね、あれは、一体、誰に見えているのだろうと、真剣に悩んだ結果、こうなりました。公式の見解は知りませんが。あと、アンダーギアの下の話とかは、ブログ にて。

