黄金の斎庭(ゆにわ) 〜四〜

 第10話 黄金の斎庭(ゆにわ)〜四〜 (1)


 参集殿とは、神社におけるゲストルームのようなものである。
 祭礼の時の直会や、厄除けを終えた人たちの控え室ともなる。
 その、一番奥の間の、良き古さを感じさせる部屋で、神棚を背後に控える上座に渡井が座り、残る7人が左右に座っていた。
 7人の前には、銀杏の入った小皿と、お神酒が入ったグラスとジュースが入ったグラスが置かれてある。自由に飲んで下さい、ということなのだろう。
「銀杏とお飲みものは、ご自由に口していださい。特に、銀杏は聖域でとれたものですから、食べていただくだけで、健康を約束されますよ。お神酒も、神様のお酒ですから、ご利益がありますので、大丈夫な方はぜひ。」
「それでは、遠慮なく戴きます。」
 一応、神様に遠慮してか、秀は手を合わせてから、銀杏を口にした。残る6人は、相変わらずだな、と心の中で苦笑する。
「お、うまいぜ、遼。」
 隣にいる遼の肩をつつく秀は、満面の笑みである。小腹を空かしていたようだ。
「あ、うん。じゃあ、俺も。」
 つられて、遼も一粒、口にする。
 独特の苦みと甘みが、口内に広がった。
「さて、どこからお話しましょうか。」
 悠然とした態度で、7人を見遣る渡井を、透徹な目で見据えたのは当麻だった。
「まずは、現存するという陰陽寮の話から聞かせてもらおうか。」
「ちょっと、当麻ったら。」
 同伴者の横柄な物言いに、ナスティが注意を促す。しかし、当麻は無視を決め込んで、ナスティを見ようとしない。
「そうですね。ただ、今から皆様に申し上げる事は、信じがたい事実も含まれておりますし、また、本来なら陰陽寮の者以外が知ってはならいことも含まれておりますので、ご了承ください。
 陰陽寮を作ったのは、672年の壬申の乱で勝利をおさめた大海人皇子、つまり天武天皇です。その強力な指導力のもと、律令体制の整備、神道や仏教の掌握をする一方で、占星台をつくり、陰陽道に関する秘儀秘密を徹底的に管理し、漏洩したものはすなわち死を意味しました。それほどに、陰陽道の秘儀は、古代王権にとっては重要な役割を占めていました。時は下り、平安時代が爛熟したころ、つまり、有名な安倍晴明の時代には、権力は時の帝よりも、摂政や関白といった貴族に移ります。陰陽寮はありましたが、それまで、皇室のみに仕えていた陰陽師たちは、その性質を有力貴族のプライベートに奉仕するものに変化させます。さらに権力の在処は移り、鎌倉、室町期には、それぞれの幕府は京都から陰陽師を呼び寄せて、祭祀を行います。しかし、それ以降、戦乱の世、つまり戦国時代に下ると、武将たちは、陰陽道の秘儀を、戦の勝利のためだけに求めるようになりました。その一方で、秘儀とされていたその術は、民間に流れ、華道や能楽などの芸事、両部神道、伊勢神道などに影響を与える事になります。
 そして戦乱の世を我が者とした徳川家康は、その陰陽道の霊的な力を、政治的に利用することに長けていました。武家の台頭で落ちぶれていたといえる土御門家、さらに加茂家に由緒を持つ幸徳井家を再興させ、自らの勢力下に置きました。その、もっとも象徴的なものが江戸城、つまり現在の皇居です。この城は7つの台地に囲まれる、交差明堂形をなし、その中心が繁栄する仕組みをとっています。また、北に麹町台地、東に平川、南に江戸湾、西に東海道、と四神相応の地となっています。さらに、表鬼門に、東叡山寛永寺を建立し、裏鬼門には、比叡山の鎮守神社である日枝神社を移築しました。これだけの霊的防御システムが、江戸時代が250年以上続いた秘密です。そして、この防御システムが、今なお有効なのは、現在の皇居が明らかにしています。
 そして、江戸末期、幕府の力が弱まり、明治維新が起こります。王政復古です。ここで、神道が国教と定められ、それまでに行われて来た神仏習合を廃止し、神と仏を分け、仏教さえ、異国の宗教として扱われるようになりました。その流れでの陰陽寮の表向きの廃止でしたが、新しくできた明治政府は、貪欲にも、その秘儀を自らの力に取り込む事にしました。なぜなら、彼らには、新時代が揺るぎのない絶対のものである必要があったかからです。ゆえに、明治天皇は陰陽寮を私物化しました。これは、ある意味、古代王制に戻ったと言えるかもしれません。また、一説では、明治天皇自身が、強力な呪術者であったか、もしくは、天皇家の血を遠くに汲む呪術者を、明治天皇として擁立したという説もありますが、これはあくまでも風評です。明治天皇崩御の後、大正天皇、昭和天皇と続き、陰陽寮もまた、皇室の私物として、秘されてきましたが、第二次世界大戦で敗戦を迎えた日本において、天皇は象徴天皇とされ、陰陽寮の必要性もなくなりました。本来なら、ここで、陰陽寮は廃絶される予定でした。しかし、時の権力者は、陰陽寮に残る秘儀秘密が、外部に流出することを恐れました。そのような呪術を持った者が、別の権力者に取り込まれたり、一般人を集め、新興宗教を起こしたりすることを懸念したのです。そこで、霞ヶ関の中に取り込む事にしました。それが、気象庁の管轄する『大規模災害予知対策研究室』という機関で、そこがわたしの所属する場所になります。」
 渡井の長い説明を、最後まで聞き届けられたのは、結局、ナスティと当麻、征士と伸だけだった。
 残る3人は、一応、聞くふりはするものの、銀杏をいじったり、欠伸をしたりと、明らかに頭に入ってない様子である。
「ひとつ、質問がある。火のないところに煙は立たない、という。どうして、明治天皇自身が呪術者であるという噂があるんだ? そんな話は、正史にも、俺が読んできた書物にも、まず、出てこないな。」
 当麻の厳しい声音に、渡井は声音を変える事なく答えた。
「そうですね。まずは、日清戦争、日露戦争での勝利、不平等条約の改正により、日本が列強の一員へ加わった事。戦前には、明治大帝、明治聖帝とも呼ばれていた、その強さは、それまで幕府に甘んじてきた天皇家の安穏としたあり方とは、根本的に何かが違っています。さらに言えば、明治神宮の存在です。明治天皇は京都の伏見桃山陵に眠られる一方で、渋谷の明治神宮に『祭神』として祀られています。つまり、呪術者が死した後、その呪力を国の守りに変えるために神格化し、祀られているのと同じ状態と言えます。徳川家康の、自らが護国鎮護の神になるために建立させた日光東照宮と同類かと。」
 穏やかな面持ちで聞いていた伸が、渡井と当麻の間の緊迫感を破るように、のんびりと言った。
「まあ、確かに、大正天皇や昭和天皇の神社ってのは、聞いた事はないよねぇ。どこにも祀られていないのかな。」
「いえ、歴代の天皇は皇居にある宮中三殿のひとつ、皇霊殿に祀られています。その陵墓は八王子皇室墓地にありますよ。」
「へえ、陵墓なんてまだあるんですね。古墳時代の文化が残ってるんだ。」
 驚きを隠せないように、伸が目を丸くする。陵墓の起原は大昔、天皇が大王(おおきみ)と呼ばれていたころの、前方後円墳に由来することを、知っていたからだ。
「先程、『大規模災害予知対策研究室』という所に属していると、あなたはおっしゃったが、それなら、何故、この神社にお務めか。」
 当麻ほどではないにしろ、やや険しい声音で征士が短く問う。やはり征士もこの、笑顔を絶やさない一方、気配を感じさせない、どこか得体の知れない渡井に薄気味の悪いものを感じていたのだ。
「ああ、それは、逆です。もともと、この神社に務めていたところを、スカウトされたんですよ。なにしろ、神社の給料なんて、わたしと同じ年サラリーマンの方の半分、いや、悪くすると3割程度なんですよ。副業で観相事務所などをしておりましたが、こちらも収入が安定しませんから。それで、そこそこ給料をいただける所を紹介していただいたので、所属している、ということです。こちらは、一応、国の機関ですから、正直、本職の神社よりも収入は良いのですが。かといって、それだけで食べていける金額でもないので、こうして、二足のわらじを履いている状態です。それに、神社に務めていると、宮内や神社本庁がマスメディアに公にはしたがらない情報も、有る程度、入手できますし、いろいろと便利なんです。」
 苦笑した渡井の右隣の席で、銀杏をいじっていた秀が、恥ずかしそうに尋ねた。
「あのさ、俺、歴史とか良くわっかんないから、あんたの話の半分も分かんなかったんだけどよ。その、なんとかいう、現在の陰陽寮は、なんで、お天気おねえさんがいる気象庁にあるんだ?」
「空を視るからだろ。」
 即答したのは、渡井ではなく、当麻だった。
「当麻、訳わかんねえよ。」
「古来、陰陽寮がやってきたのは、天体観測をして、吉凶を判じたり、国の未来を占い、災いを避けてきたんだ。今、それをやっているのは『気象』『地象』『水象』の観測、予報を行う気象庁だ。戦時中は、気象に関することは軍事機密扱いだったんだぜ。それくらい、あそこは胡散臭いところだ。なあ、神主さん。」
「ご名答。」
 簡潔に答えて、渡井は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今は、テレビで華やかなお兄さんやお姉さんが気象予報士として天気予報をしてくださるおかげで、こちらとしては、身を隠すには丁度良い場所になりました。では、陰陽寮の話は、これで、出尽くしたと思いますし、納得していただいたと思います。」
 言ってから、渡井は7人を見渡した。意義を唱える者はいない。
「では、逆に、こちらから10年前の事件、『東京大事変』の折のお話を、聞かせて下さいませんか? 話していただける範囲で結構です。」
 その言葉に、7人は互いの視線だけで無言の会話をした。
 10年前に遡る、阿羅醐との戦い、それに続く輝煌帝の事件は、これまで、他言することもなかったし、さらに言えば、自分たちですら、個々に思い起こす事はあっても、話し合うことはなかったのだ。もう、終わったのだと信じ、それぞれが新しい道を歩んだ。一抹の不安を抱えながら。
 そして、あまりにも多くの要素が交錯するこの事件について、誰が説明をすべきか。それも、問題だった。
「俺は、ナスティが説明した方がいいと思う。あの時、俺たちは眼前の状況に対して戦っていただけで、それを俯瞰するような立場じゃなかった。」
 落ち着いたトーンで、遼が答える。それに応じるように、当麻も続けた。
「そうだな。俺もそう思う。阿羅醐の復活、鎧戦士の存在の予言を記した古文書を、最初に見つけて解読したのは、ナスティのお祖父さんだ。そして、それを一緒に研究してきたのも。なら、説明するには十分な立場じゃないのか。」
 言われて、ナスティは、やや俯きがちになり、考え込む。脳裏に、今は亡き、敬愛する祖父の横顔が過った。
「分かりました。私でよければ、お話しいたします。あれは、1999年の年明けすぐでした。フランスの大学に通っていた私のもとに、祖父から、すぐに日本に帰ってくるように、連絡がありました。緊急だと。それで、私は、1月半ば、東京に戻りました。そこで、祖父に、妖邪帝王、阿羅醐の復活と世界の破滅、同時に、それらから世界を守る鎧戦士の存在が記された古い文献を見せられました。祖父によると、それは原本ではなく、鎌倉後期の写本である可能性が高いとのことでしたが、書かれてある内容に、偽りはないとのことでした。最初は私も、にわかには信じられませんでした。1999年と言えば、日本人の大好きな『ノストラダムスの予言』の年でしたし。しばらくは、その文献をデータ化する作業に没頭していました。その文献に使用されている文字や言葉が、古い言葉であると同時に、アナグラム的な要素や、比喩的な要素を多く含んでいて、解読の作業が必要だったからです。その作業が終わりかけた頃、4月の終わり、事件が起こったのです。新宿の、あの事件が。」
 それからナスティは、鎧と鎧にまつわる力と因縁の事、阿羅醐と迦雄須のこと、妖邪界のこと、輝煌帝のこと、それらを、客観的に時間軸を追って話した。 
 残る6人は、黙ってそれぞれの記憶に想いを馳せる。
 苦しみ、痛み、怒り、悲しみ、疑い、そして、その中で得た、希望、仲間。
 おそらく、言葉では説明できないであろう、大切な者を『失う』ことへの本能的な恐れ、大切な者を『守る』ことの難しさ。
 善悪が、対立するものではなく、同じものの裏表である真実を知り、己自身とは何かを、幾度となく問い、ただ導かれるままに、『心』を磨いた日々。
 それらが、苦しいだけの記憶となって、戦いが終わった後の彼らを苛むことがなかったのは、ひとえに、彼らが『ひとり』ではなく『5人』だったからだ。
 ナスティの話を、やや半眼の状態で聞き入っていた渡井は、時折、阿羅醐や迦雄須といった、固有名詞が出ると、ナスティに白い紙を渡し、それに表記するように頼んだ。
 言われるまま、ナスティは画数の多い漢字で書き記すと、渡井は、目を細めて、それに見入った。
 一通り話が終わり、ナスティが、「これが、わたしたちの知っている事です。」とまとめると、渡井は「どうもありがとうございました。」と、その場の全員に向かって一礼をした。
 障子がら差し込む光が、翳りを見せ始めている。この参集殿に通されてから、随分、時間が経ったようだった。
「あれは、10年前のことでした。」
 わずかに訪れた沈黙を破ったのは、渡井だった。
 笑みは消え、沈痛な面持ちを浮かべている。
「1999年の元旦に行われた、陰陽寮での六壬式占(りくじんちょくせん)による年相の結果は、最悪のものでした。その中でも、もっとも私たちが恐れたのは、陰陽道における凶つ星といわれる羅睺星(らごうせい)の精の出現、それにともなう国土の荒廃です。しかも、我々に、その災いを除ける手だてはなく、どんな祭祀も無力である、という占いの結果に、寮の者、すべてが愕然としました。六壬式占による占いは、違えることはありません。そして、おっしゃられた4月の終わりの事件を、わたしたちは、手をこまねいて見ていたのです。おそらく、字の響きからするに、そちらのおっしゃられている『阿羅醐』というのは、私たちの案じていた『羅睺星の精』のことなんだと思います。」
 言われて、ナスティは何かに気づいたように顔をあげ、呟いた。
「『阿羅醐』『羅睺』、ええ、確かに音の響きは同じだわ。漢字の綴りは違うけれど、……それは単に記録者の書き方の違いに過ぎないのよ。わたし、どうしてそんな大切なこと、今まで気づかなかったのかしら。」
 その呟きに答えるように、渡井は続けた。
「『阿羅醐』という名前は、おそらくは『羅睺星の精』とする、その言葉の禍々しさに、『阿羅醐』と名を伏せたものなのでしょう。『阿』とはすなわち、『あ』、物事の始めを示します。つまり『阿羅醐』というのは、羅睺星の精による災いのはじまりの暗示でしたのではないでしょうか。そして、お話から伺うに、その一千年前に、『阿羅醐』と名付けたられた羅睺星の精を封じたという、『迦雄須』という方もまた、我々と同じ、呪術者集団の一人、それも陰陽道的な流れを汲む方なのだと思います。それは、あなた方が纏われる鎧が、五行の理に則っていることが、証明しています。ただし、陰陽寮のような国家公務員ではなく、あくまでも、外野にいることで、その力を秘めて来た方ということでしょうか。人は、必ず、時の理から逃れられません。お話に伺う限り、迦雄須という方は、人間ではなかったのでしょう。なぜなら、千年も生きられる肉体は存在しませんから。おそらくは、何かの呪法を自らに施し、精神体を維持して来られた方なのだと思います。」
 そこまで黙って聞いていた征士が、何かを納得したように小さく頷いた。
「やはり、あの方は人間ではなかったのか。」
「お前、迦雄須が人間じゃないって知ってたのかよ。」
 正面から身を乗り出してつっかかる秀に、征士がぼそりと答えた。
「我々は、何度か迦雄須と会ったが、会う度に気づくことがあったのだ。迦雄須からは、生気が感じられなかった。」
「なんで言わなかったんだよ。」
「言ったところで、どうなる。」
 言い合いをしている秀と征士の姿を見て、渡井が苦笑を浮かべ、話を続けた。
「ところで、話は10年前に戻ります。まず、物事が起こるには、原因となる出来事が必要です。因果律、というものです。1999年に羅睺星の精が現れる、そのきっかけがありました。」
「それは、阿羅醐の出現を誘因する出来事があった、ということか。」
 当麻の問いに、渡井は無言の笑みで肯定を示し、話を続けた。
「先程、陰陽寮の話をした際に、皇居が幾重もの結界に守られていることをお話しました。皇居が守られている、というのは、この東京という街が、ひいてはこの国が護られている、ということとほぼ同義です。しかし、1999年の2月、皇居の表鬼門である東叡山寛永寺、裏鬼門である日枝神社が、何者かによって、汚され、その結界としての効力を失いました。つまり、羅睺星の精は、その、何者かによって、結界の効力を失った街に呼び寄せられた、というのが、陰陽寮の見解です。残念なことに、寛永寺も日枝神社も、格式のあるばかりに、結界を破られたことを神社本庁、および、宮内に報告するのを嫌がり、我々が、異変に気づいて問い質し、初めてそのことが分かりました。しかし、その時はもう、手遅れだったのです。羅睺星の精が、新宿に現れる、一週間前でした。もう少し早ければ、祭祀により、羅睺星の精を退けることができたかもしれません。しかし、やはり、年始の占い通り、最悪の結果を見ることになりました。」
「阿羅醐を呼んだ、何者かがいる、というのか。」
 腕を組んで、当麻が呟いた。ナスティも、何かを探すように宙空を見つめ、考えに耽っている。
「そうです。10年前、あなた方によって阿羅醐という名の羅睺星の精は封じられましたが、その代償は大きいものでした。東京大事変から今日までの10年間、この街にはあちこちに異界への接点が開き、歪みができ、守護の弱い神社仏閣は、その浄化能力を失い、都市の結界の機能を果たさなくなりました。我々、陰陽寮の者も、全力をあげて、それらを回復させる努力を重ねて来ましたが、そろそろ限界が来ています。古くから、つまり徳川家康がつくった結界が、この東京という街を護る事は、おそらく、もう無理だと思います。」 
 そこで、一旦、渡井は言葉を切り、来訪者を見遣った。
「話が長々となりましたね。お疲れになっていませんか?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと難しくて、分からないところもあるんですけど。」
 控え目な口調で答える遼に、相づちを打つように伸も答えた。
「僕も、専門的なことはちゃんと理解できてないと思いますが、多分、大丈夫です。」
 その返答に、安堵の色を浮かべて、渡井は続けた。

黄金の斎庭〜四〜 (2)へ