それぞれの生き方

 第5話 それぞれの生き方(2)



「そういう秀はどうなのだ? お店は順調なのか。」
「あったりまえだよ! 今は二号店の副支店長だぜ。来年か再来年あたりに、チャイナタウンで修行して帰ってきたら、店長だ。つまり俺の店。そうなったら、絶対、みんな来てくれよな。」
 秀が胸をはって腕を組む。自信に溢れている証拠である。見せる笑顔も、少年時代より、はるかに逞しく、頼りになるものだ。
「もちろんだ。秀の店なら、俺、遠慮しないで食べるぜ。」
「僕、満漢全席って食べた事ないんだよね。期待してるよ。」
「秀の店か。楽しみだな。」
「秀、店を持つ1ヶ月前には連絡してね。わたし、チャイナドレスを新調してお祝いに行くから。」
 この不況の時代に、店を持つということがどれだけ大変かということを、社会人になった彼らはよく知っている。それだけに、仲間が店を持つということは、喜ばしいことなのだ。
「奥さんとはうまくいってるのかい? 確か、今年で4年目だよね、入籍して。」
 さりげなく伸が尋ねる。
 秀は、6人の中で早々と二十歳で入籍してしまった。相手は、当時、秀が実家の中華料理屋で働いていた時にアルバイトをしていた同い年の女性だった。秀の一目惚れで、19歳で付き合い始め、その1年後、電撃入籍に至る。結婚式を挙げなかったのは、単に仕事が忙しかっただけで、特に理由はない、と秀は5人に説明していた。
「ん〜、まあ、それは。」
 先程の自信たっぷりの表情からは一変、秀は少し情けない顔で苦笑した。
「正直、尻にしかれてるよ。カミさん、やっぱ怖いよな。」
「ほう、最強と謳われる金剛の鎧をまとう秀にでも、怖いものがあるのだな。」
「女子高生におもちゃにされてるお前に言われたかないね。」 
「どっちもどちだよ。」
 余程、秀と征士のやりとりが面白かったのか、伸が肩を震わせて笑いながら口を挟んだ。
「そういう伸はどうなんだ? 行方不明だった当麻のヤローはともかく、俺は遼と征士には東京でたまに会ってたからさ。伸はいつ誘っても、さすがに遠くて行けないって言ってただろ。一応、介護の仕事に就いたってことまでは聞いてるんだけどさ。」
「うん、まあ、そうだね。」
 伸がティーカップを置いて、すっと遠くを眺めるような静かな表情をした。
「家の近くにあるホスピスで働いているんだ。」
「老人ホームとは違うのか?」
 遼が素直に疑問を口にする。
「老人ホームにもいろいろあるけれど、基本的には、利用者さんが毎日を生きることを目的とする施設なんだ。でもね、僕の務めるホスピスは、末期ガンやいわゆる難病指定されている病気で、もう、先の寿命が見えている利用者さんたちが、残り少ない日々を穏やかに過ごすための施設なんだよ。僕たちはいつも、明日の朝、起きたら当然のように生きていることを前提に暮らしているけれど、僕の職場では、利用者さんが、明日、生きてることが奇跡的に素晴らしいことなんだ。」
 先程まで賑やかだったリビングが、しんと静まり返った。伸の言葉には、その種の重みが含まれていた。 
 明日、生きていることが素晴らしい。
 それは、かつて皆が味わった経験でもあったからだ。
「厳しい職場だな。まあ、伸らしいとも言えるのだろうが。」
 皆の思いを代弁するかのように、征士が呟いた。
「でも、伸。最初から介護の仕事に興味があったの? わたしたちと居る時は、そんな話、全くしなかったわよね。」
「うん。あの頃は全然、そういう世界のことを知らなかったんだ。海に携わる仕事をしたいとも思っていたしね。でも、高校2年の時、姉のすすめで傾聴ボランティアに参加したんだ。今、働いているホスピスのね。その時に、初めて、穏やかに死を迎える人たちの話を聞いて、なんとなく、僕に向いているなあって思たんだ。」
 皆が伸に視線を向ける。
 昔から、自らのことはあまり語らない伸にしては饒舌だと、皆、心の中で思った。それだけに、ホスピスという職場が、伸にふさわしいのだろうということも。
「でさ、僕のことはいいとして。問題は当麻だよね。」
 伸が、右隣に座るかつての軍師を見た。今まで、会話に加わろうとせず、黙々とケーキをつついていた当麻は、不服そうに顔をあげ、ぼそりと低い声で言った。
「何が問題なんだ?」
「みんな、あなたとの連絡が途絶えてから、必死に探したのよ。だから当麻、話せる範囲でいいから、皆に説明してもらえないかしら。」
 多少、事情を先に知っているナスティが、やわらかく当麻に話しかける。
 しかし、その気遣いは無駄に終わってしまった。
「お前、先程、駅で伸をナンパした時に、アメリカの大学の依頼を受けてプログラミングの仕事をしていると言ったな。それが本職なのか?」
「違うよ、征士。当麻の本職は予備校生だから。」
 笑いを必死に押さえながら、伸が当麻の代わりに答える。その隣で当麻が、おい、伸、と小声で非を唱えた。
「へえ、予備校の先生かぁ。東京じゃ、学校よりも予備校の方が進学率に影響あるからな。あ、でも、当麻、お前、あまり人に教えるのはうまくなかっただろ。俺、お前から宿題教わった時、ちーっとも分かんなかったぜ。」
「あわてんぼなところは、相変わらずだね、秀。予備校の先生じゃなくて『予備校生』。教えられる方なんだよ、当麻は。」
 伸はとうとう、堪えきれず、声をたてて笑いながら答えた。
「予備校生? 当麻が?」
 驚きを隠せない遼。
「どうして当麻が予備校生やってんだ? 俺たちと同い年だよな。」
 同じく、訳が分からないという表情の秀。
「さては、貴様。アメリカで人には話せないようなことでもやったのか? プログラミングの仕事とは、ハッキングの仕事ではあるまいな。」
 鋭い眼光で、当麻をにらむ征士。
 渦中の人物は、ひとつ、大きなため息をつくと、不機嫌なのか真剣なのか分からない面持ちで、全員をみやった。
「いいか、俺は面倒なことが大嫌いなんだ。一度しか言わないから、良く聞け。」
「もったいぶるな。さっさと話せ。」
 もっともな言葉を征士が返す。
「俺は高校2年の夏休み、親父の仕事についてアメリカのマサチューセッツ工科大学、通称MITに行ったんだ。親父が仕事で講演をしている間、俺は暇だからMITの図書館で本を読んでいた。もちろん、許可を得てだ。そこで、一人の学生に声をかけられた。今思うと、東洋人の子供が珍しかったんだろうな。彼、ジェイというんだが、そいつと話しているうちに、人間とコンピュータの相互理解の話で盛り上がった。俺も興味があったからな。ジェイは当時、MITメディアラボの研究生で、俺のことを気にいったらしく、ラボの研究生に推薦してくれたんだ。俺も、日本の高校にはうんざりしてたから、もちろん、二つ返事で、研究生になった。それからしばらくは、アメリカで研究生として過ごしたんだ。楽しかったぜ。で、23歳の時のラボでのニューイヤーパーティの時に、俺は唯一の日本人として『風姿花伝』について尋ねられた。丁度、そのころ、ラボで日本芸能ブームがあってな。MITメディアラボというのは、もともと、デジタル技術に表現やコミュニケーションを応用させるラボだから、みんな、各国の芸術には興味を持っている。しかし、当時の俺は『風姿花伝』が、日本の古典芸能である能の、重要な一冊、というレベルの知識しかなく、恥ずかしいことに、ラボのメンバーから様々なことを尋ねられたが、全く答えられなかった。それで、俺は改めて、日本の古典芸能について勉強しなおすために、帰って来たんだ。日本へ帰って来て調べると、その領域で最も重要な資料を揃えている学校が早稲田大学の文学部演劇映像学科だと知った。特に、同校の演劇博物館と学生と教授しか利用できない図書館の一部は、古典芸能に関する資料が山ほどあることも分かった。それで、俺は去年の秋に高卒認定試験で、日本の高校の卒業資格をとって、今年の春に受験したんだが。」
 勢い良くしゃべった当麻は、そこで言葉を詰まらせた。
「つまり、お前は24歳で早稲田を受験したわけだな。」
「そ、そしてサクラチル、だったんだよ。」
 伸が可笑しそうに笑うのを横目に、当麻が渋い顔をする。
「当麻が落ちるって。早稲田ってそんなに難しいのか? そりゃ、有名だけどさ。東大の問題を子供の頃に解いた当麻が、どうしてなんだ?」
 遼の疑問は最もである。
「う〜ん、俺たちより、ずば抜けて頭が良かったお前が落ちるとは。もしかして、お前、受験中に居眠りしたのか?」
 秀がそう、想像してしまうのも無理はない。
 当麻はIQ250で、彼らの軍師だったのである。
 東大だろうがハーバードだろうが、入学できない大学は世界中、どこを探してもないだろう、と十代のころの彼らは信じていたのだ。
 しかし、当麻は、この件に関しては自分の口から言い出しづらいらしく、結局、伸が説明をすることになった。
「当麻はね、文学部を受験したにも関わらず、小論文が0点だったんだよ。」
 文学部入学試験における小論文の得点率は高い。それが0点では、他の教科が満点でも、間違いなく落ちる。
「0点ということはなかろう。いくら当麻が理系だからといって、大学入試レベルの小論文が書けない訳がない。」
 現役で、国立大学にきっちり入学している征士は、もちろん、他大学の傾向も把握していた。
「それが、書けなかったんだよ。日本語で。」
「は?」
 伸と当麻を除く全員が首をひねる。
「つまりね。当麻は、国語の小論文を英語で書いて提出したのさ。そりゃ、点数にならないよね。」
「仕方ないだろ。日本語という言語システムは、理論的な文章を書くのには不向きなんだよ。ずっと向こうで論文を書いてたから、いきなり、こんな曖昧な言語システムに依存した論文を書けと言われても書けなかったんだ!」 
 一瞬、沈黙がおりて、それから今日一番の爆笑の渦が起こった。
 大声で笑うのを通り越して、秀はリビングテーブルを叩いている。
 滅多に笑わない征士までが声を出して笑い、リビングは、一時、騒然となった。
「当麻、お前、サイコー!! 頭良すぎ!」
「頭が良いというのも、問題なのだな。」
「お、俺、当麻の受験、応援するから! がんばれよ!」
 一応、仲間としてフォローを入れたつもりの3人だが、笑いながらでは意味がない。
 結局、当麻ひとりが憮然として紅茶をすすっていた。
 ひとしきり笑い終えると、遼が、素朴な疑問を伸に投げる。
「あれ、でも、どうして伸だけ、そんなに詳しいんだ?」
「うん、こっちに来る前に、少しだけ当麻と連絡をとったんだ。」
 ナスティから手紙をもらった伸は、当麻に連絡を入れたあと、確認のためにナスティのところにも連絡を入れた。
 その時、ナスティの計らいで、当麻の携帯の番号を知らせたのは、自分だけだと知ったのだ。
『当麻は、ほら、あの性格でしょ。いきなり、征士や秀が電話をしても、混乱するだけだと思ったの。でも、伸なら、多分、大丈夫だと思ったから。』
 どういう根拠で「大丈夫」なのか分からないが、結局、ナスティの勘は、正しかったのである。
 おそらく、伸以外の他の仲間が連絡を入れていたら、当麻は今、この場所にはいなかったかもしれないのだ。
 行方不明だった当麻も含め、それぞれの空白の時間を、確認しあい、思い思いにふけっていると、静寂を破るかのように携帯の電子音がリビングに響いた。
「あ、ごめん、わたし。」
 ナスティが慌てて、自分の鞄の中から携帯を取り出した。
「うん、今、ゲストハウスにいるわ。……そう、仕事、終わったの。わたしもそろそろ帰るから、……じゃあ、ロンロンエキサイツの前で待ってる。」
 携帯を切ったナスティが、少し、頬を赤らめて笑顔を浮かべる。
「ダンナが今、仕事終わったから、迎えに来てくれるの。丁度、今日は下北沢の方で仕事してるから、すぐに来ると思う。後のことは、伸に任せてあるから、わたし、そろそろ帰るわ。」
 名残惜しそうに、5人を見遣り、鞄を持って立ち上がると、ナスティは言った。
「本当に、みんなが元気そうで良かった。10年前に出会えた事に、私、今更感謝してる。だって、こんな素敵な弟たちがいるんですもの。」

2009.12.01 脱稿

5人の職業ターン(笑)最初にテーマにした「2009年に彼らがリアルに生きていたら、どんな仕事について、どんな生活を送っているだろう」というのを、にやにや考えながら、こんな設定に落ち着きました。5人をしゃべらせるのが楽しかった!注意点としては、「リアルに」としてますが、実は早稲田大学文学部は2007年度より、生徒の募集を行っていないそうです(涙)これを書くにあたり、サイトをみたらそうなっていました(汗/俺の母校!!しっかりしろー。 その他、遼のカメラの話などはブログの方で書いてます。……しかし、なかなかBLにも陰陽道にもならない!とお怒りになられる方、次回、お待ちください。次回は思いっきり801コード満載(当社比)です。