芝居には後始末が必要である……。
千早は千方を先に帰し、再度、迎えにくるように指示をした。そのタイミングに連絡などいらない。千方は千早の血を分けたモノ、呼びかければすぐに応じる。
足元に転がる伸を、千早はじっくりと舐めるように眺めていた。
長門の地に生まれた海の民の末裔。本来ならば奉ずる神は同じものだったはずなのに、時代が彼の一族を変え、一族の神もその本来の姿を忘れられてしまった。憎いと思う反面、理解し難い愛おしさも感じる。恐らく、この毛利伸という青年も、自分と同じ「入れ物」として生きている……そういう同族意識がうっすらと目覚めはじめている。
その目の前で、彼を包む防具が淡く、水色に煌めきだした。やわらかな光は、薄暗い雑居ビル街を明るく照らす。モノトーンだった世界が一瞬にして、青い風景に変化した。
「とうま……。」
意識のない伸の口から、言葉が漏れた。
刹那、大気がきしみ、異能の者にしか分からない変化が世界を貫く。
「花月の結界が解けたというのか……。」
起こりえない事態に千早は驚きを隠せない。そのまま上空に目を遣ると、蒼い光が見えた。
光は徐々に大きくなりながら、こちらに近付いてくる。
人の形をしている。それも、鎧を着た……異形。
それは地上にふわり、と着地すると、千早など見えないかのように、伸に駆け寄った。
「おい、伸! 目を覚ませ!」
当麻は伸の体かき抱き、その体を揺さぶる。しかし、反応はない。当麻の体に身を預けてぐったりとしている。
息をすることも忘れて、当麻は改めて伸の体を見た。劫火に焼かれたような焦げ跡がアンダーギアのあちこちに黒く沈んでいる。いつもは浅いさくらいろを帯びている頬からは血の気が失せ、煤が斑に汚している。閉ざされた瞼はぴくりとも動く気配がない。
失ってしまう……刃物でざっくりと心臓を斬られる痛みを覚えて、当麻がその体を胸に抱き締めた時。
「とう……ま?」
腕の中の伸が、うっすらと目を開けた。しばらくの間は、焦点が結ばれずぼんやりとしていたその瞳に命の兆しが戻る。当麻はわずか、緊張を解いてその顔を覗き込む。暗い予感が外れたことに感謝しながら。
「大丈夫か……なのか?」
「君、だったんだね。」
ゆっくりと伸は言葉を紡ぎ、それから確かめるように記憶を辿る。しかし、それは途中から薄い膜が張られたように曖昧になる。
「アンダーギアが焦げている。何があった?」
弱々しく瞬きをした伸は、思い出したいくつかの事実に小さく身震いして呟くように言った。
「角の生えた男が来て……それが燃えたんだ。人の形をしていたけれど、人の力じゃなかった。」
そこまで言って、伸は何かを思い出したように当麻の腕から体を起こして立ち上がった。
「千早さんは……?」
「ここにおりますよ。」
透き通った声がうすぼんやりと凝った闇の中に響いた。
その闇の中から千早が現れる。着物姿は街灯の光を浴びて夜の精霊のように現実味がなかった。
彼の無事を自分の目で確認した伸は、肩で息をして安堵した。
「大丈夫だったんですか?」
「毛利さんが体をはって助けて下さったお陰で、生きながらえました。しかし、貴方には怪我をさせてしまい、なんといってお詫びをすれば良いのでしょうか。このお礼は必ずさせていただきます。」
優雅な動作で千早は深くお辞儀をした。
「そんな、頭を上げて下さい。その、こういうことは慣れているというか、初めてではないので。かわりにと言ってはなんですが、今日、この僕の纏っているこれとか、今、来た仲間のあの鎧とかは、口外しないで頂けますか。」
「ええ、もちろんですとも。」
朱を引いた唇に千早はおっとりとした笑みを引く。しかし、その目は笑っていなかった。鳶色の片目はわずかに燐光を帯び凶悪にすら見えた。
その遣り取りを間近で見ていた当麻は、形の良い眉を潜めてわずかに頭を捻る。
どうも、二人の遣り取りに違和感がある。
伸は明らかに決定的なダメージを受けている。にも関わらず、守られたという千早の方は、着物の着崩れひとつない。一体、この場で何が起きたのか……。
当麻の思索を遮ったのは車の近付いてくる音だった。
振り向くと、センチュリーが5メートルの距離を置いて止まった。
中から細身の黒いスーツが嫌みなく似合う長身の男が出て来て、千早に向けて一礼をした。
その姿を見た瞬間、伸の脳裏に痛みとも既視感ともとれない不思議な感覚が呼び起こされたが、はっきりとした形をとることはなかった。
「明日は朝から講演会がありまして、迎えが来ました。今日はこれで失礼いたします。いずれまた、お会いしましょう。」
そう言い残して、千早樹は黒いセンチュリーに乗り込んだ。
当麻はいつも翔破弓ですが、剣も似合うと思うんですけどねえ。。 羽柴男前計画が斜に行ってしまった感はいなめないかも。。やはりだめでしょうか(笑)その他呟きはブログにて。

