青梅哀歌 (3)

 七井橋そのものはそれほど長い橋ではない。しかし、当麻は時間感覚が麻痺したかのように橋の向こうにたどり着くまでに随分と距離があるように思えた。
 橋を渡り終えると、有るはずのない雑木林があった。黒々と夜空に延びる木々は不気味な程に生命力に溢れており、風もないのにさらさらと音を立てて揺れている。
 その雑木林の根方の一層闇が凝っている所にぼうっと白く浮かび上がる光があった。
 クロがそこを指さして言う。
「伸はあそこだ。」
 当麻の心臓がドクンと跳ねる。
 鎧玉が輝いていたから伸は無事だ。先程からまじないのように何度も自分に言い聞かせているが、肝心の心そのものが納得しない。
 当麻は知らず駆け出して、その淡い光に駆け寄る。

 やわらかな白光に守られるように伸は横たわっていた。
 その細い両腕に紅葉色の着物を大切に抱きしめ、眠っている様にも見える。
「伸……?」
 膝を折り、かがみ込んでその顔を覗き込み、声をかける。
 反応はなかった。
 当麻は恐る恐るその白い首筋に手を伸ばす。あまりの冷たさに驚いて一度は手を引いたが、気をとりなおしてもう一度そこに触れる。脈はあった。ただし、人としてはあまりにも遅過ぎたが。
 ……結局、俺は何もできないのか。
 全身をどうしようもない苛立ちと、自分の無力さへの絶望と、引き千切きられるような痛みが襲う。
 体を屈めたまま、当麻はゆっくりと伸の顔だけを腕の中に包み込み、自らの顔を埋める。まるで、愛しい赤子を抱擁するかのように。
 どれくらいそうしていただろうか。
 責めるような口調の声がした。
「いつまでそうしているつもりだ。」
 その言葉に我に返った当麻がゆっくりと顔をあげる。そこには、呆れた顔をしたクロがいた。
「ああ……。」
「しっかりしろ! お前じゃないと伸をここから連れ出すことはできないんだぞ!」
 クロの厳しい声音に、当麻ははっとする。
 今は自分の一時的な感情に押し流されている場合ではない、やるべきことがある、と。
 虚ろだった瞳に知的な光を取り戻し、当麻はクロに尋ねた。
「……ここで何があったんだ。」
「聞いてどうする。」
「今後の対応に役立てる。」
 何も感じた風もない表情のクロが、異形の瞳を当麻に真っ直ぐに見据えて言った。
「何者かがこの地に眠る雪の化に捕われた女の念を鎮める封印を解いた。伸はその女と出会い、説得しようとして異界に引きずり込まれた。そしてお前達の仲間の術師が新たに封印を施した時、己の念に捕われた女は怒り狂い、本物の悪鬼になろうとした。それを伸はその身で浄化したんだ。事前に伸は俺にこの珠を渡して自分の身に何かあったらお前に来てもらう様にと言った。お前以外の奴に自分が弱った所を見られたくないんだそうだ。俺にはよく分からん。」
「そうか。」
 呟いて、当麻は伸の白い面を見る。そして、何かに納得したように頷くと、その力をなくしてぐったりとした身体を抱き上げ立ち上がった。
「悪いが、帰りの道案内を頼む。」
 当麻の静かな言葉に、クロは目だけで返事をして踵を返すと、暗い雑木林に姿を消した。

 その夜、当麻は冷えきった伸の体をその腕で、全身で温める様に抱いて眠った。
 伸から失われた気を自らの内から与えられるようにと、そして恐らく、伸にとっては辛かったであろう記憶が少しでも和らぐようにと祈りながら。

毛利さん救出の回です。擬人化しませんと宣言したクロですが絵描きさんのお計らいにより人間体を得る事ができました(笑)感謝。擬人化クロの絵は可愛いですよー。クロ誕生秘話などその他呟きと共にブログにアップしてますので、是非見てみてください。