咖喱三皿の演奏者(完全版)
side:S
その日は、四月にしては暑い日で、僕は風呂上がりに夜風にあたりたくて、ゲストハウスの裏に続く井の頭公園へと向かった。
水と緑に恵まれた公園に吹く風は、街中よりもずいぶんと涼しいのだ。
こういう時、当麻が必ず僕のあとにくっついてくる。
いくら街灯があるからと言っても、男女問わず、都会の夜の公園を一人で歩くのは危険なんだと当麻に言われた。
この、一見、平和でのどかな公園も、九十年代半ばにはバラバラ殺人事件が起こったそうで、そういう話を聞くと、都会って怖いなと思う。
僕の実家の近くには、街灯すらもない場所が殆どだから、どうして街灯のある公園がそんなに危険なのか、実感が湧かないのだけれど。
見上げると、冴え冴えとした月の光が僕たちの影を作っていた。池の水面には、ゆうらりと揺れる月の姿。
「東京でも、こんなに月は明るいんだね」
「ああ、この辺りは23区に比べると比較的、大気が澄んでいるからな。駅周辺と比べても地上の灯りが少ない分、明るく見えるんだろう」
「僕が生きてる間に、月旅行はできるかな」
「え?」
潮の満ち引きは、月の引力に支配される。そういうことを幼い頃に教えられてから、僕は、月がなんとなく、友人のように思えていた。でも、それは見上げるだけで、手を伸ばしても決して触れる事も叶わぬ、遥かな宇宙の住人。
「『私を月に連れてって』っていう歌、あったよね」
「日本の歌か?」
「わかんない。多分、アメリカの曲だと思うよ。僕がラジオで聞いた時は英語だったから」
「ああ、バート・ハワードの『In Other Words』な」
「そんなタイトルだったかなぁ? 『Moon』っていう言葉が入ってた気がするけど」
「『Fly Me to the Moon』だろ?」
「そうそう、それ」
「原曲は『In Other Words』なんだよ。その後、1960年代にフランク・シナトラがカヴァーしてヒットしたのが、今よく流れるバージョン。それが『Fly Me to the Moon』。いろんなミュージシャンがカバーしてるよ。日本人だと五木ひろしや小野リサなんかがカバーしてるな。最近は宇多田ヒカルもか。」
「詳しいんだね。なんだか意外。それとも僕が知らなさすぎるだけで、智将の君としては常識の事だった?」
饒舌だった当麻が、不意に黙り込んで月を見上げた。つられて僕も月を見上げる。
銀細工のような、本当に綺麗としか言いようのない、月。
「なんだか、聞きたくなってきちゃったな。明日、駅前のCD屋さんで探してこようか」
「なんだ。CD買うほど聞きたいんだったら、俺が……」
「遠慮しておくよ。僕だってそんな無理を君に言わないよ」
少年時代、当麻の歌唱力がとても人並みとは言い難いということを、遊びに行ったカラオケで知って以来、僕を含めて皆、当麻には音楽の話題を振らないようになった。IQの高さと音楽的才能は決してイコールではない、というのは征士の見解だ。
申し訳ないけれど、その征士の意見にはやはり納得せざるを得なくて、僕の中で、当麻と音楽は相容れないものだった。
翌日の夕方。
キッチンの冷蔵庫を覗いて、夕飯のメニューを考えていると、当麻がひょっこり顔を覗かせた。
「あー、伸。今日、俺、夕飯いらないから」
「うん、それは分かったけど……。今からどこかに仕事に行くのかい?」
驚いた事に、当麻がスーツを着ていた。それも、サラリーマンが着るようなビジネススーツじゃなくて、深みのある黒が印象的なお洒落なスーツ。髪もワックスか何かでアレンジしているようだ。身長の高さと持ち前のルックスの良さも相まって、ちょっと一般人には見えない。
見た事のない当麻の姿に、僕は妙な気分になった。面映いというのは、きっとこんな気分なんだと思う。同じ男、それも寝起きを共にしている友人を格好良いと思ってしまうのはちょっと照れくさい。
でも、その口からでてくる言葉は、いつもの当麻と同じだった。
「今からカレー食いに行ってくるから」
「スーツを着て?」
「ん、これは別件。一応、カレー絡みだけど」
こういう時、智将というのが理解できない。スーツとカレー。どこで結びつくんだろう。当麻は、時折、頭が良すぎて、話の内容を割愛して話す癖がある。聞いているこちらからすれば、なぜ、その話がそちらに飛ぶのか全く理解できない。しかし、本人は全く気付いていないので、あえて誰も注意しないのだけれど、スーツとカレーの関連性には、さすがに理解に苦しむ。
何かを思い出したように、当麻が言った。
「伸もカレー、食いに来いよ。吉祥寺で一番美味いぜ」
「興味はあるけど、今日は僕が夕飯の当番だから……」
だから、一人で行っておいでよ、という僕の言葉を遮って、当麻はリビングで遼と一緒にテレビゲームに専念している秀に声をかけた。
「おい、秀。今から伸と出かけてくるから、夕飯当番、頼んだぞ」
「りょーかい」
リビングから、秀の気の抜けたような返答が返って来た。
なんだか、今日の当麻は見た目のせいもあるのか、いつもより強引な気がするのは僕の思い違いだろうか。
「伸、行くぞ」
「ちょっと待ちなよ、当麻。僕は何の準備もしてないし、お財布も上に置いたままだよ」
「財布なんていらない。カレー食いに行くだけなんだから」
そうして、僕は半ば当麻に押し切られる形で、手ぶらで夜の吉祥寺の街に出た。
車のライトが眩しく行き交う井の頭通りの歩道を歩きながら、当麻がその完璧な見た目にそぐわない困ったような声で説明を始めた。
「あのさ、今から行く店なんだけど、店の人には、俺は『当麻』っていう名前しか教えてないから。あと、身分も学生ってことになってる」
「予備校生なんだから学生でいいんじゃない?」
「相変わらずの毒舌だな。……一応、近くの大学の大学院生って説明してあるんだよ。年齢的に、そうじゃないとおかしいだろ。だから、それ以外の事は絶対に口にするなよ。あと、伸も名前以外、自分の事は言うな」
「カレーを食べる場所が、そんな危険な所なのかい? まるで闇カジノにでも行くような口ぶりじゃないか」
「……危険じゃないけどな。いろいろ鬱陶しいから」
何かを諦めるように当麻は言い止して、再び、視線を前に向けて歩き始めた。
僕はますます、分からなくなってきた。
スーツとカレーと、身分を明かすなという謎。
一体、当麻はどこで何をするつもりなんだろう。
考えに耽っていると、居酒屋の前で当麻がぴたりと足を止めた。
正確には、居酒屋の隣にある、地下に降りて行く階段の前だ。
その入り口は、よくよく注意しないと見落としてしまいそうなくらい狭くて、でも不可解な文様が彫り込まれている遺跡のような石造りの階段は、一度見たら絶対に忘れられないくらいのインパクトがあった。
僕は、慣れた様子で階段を降りてゆく当麻の後について、その不思議な階段に足を踏み入れた。
「トウマ、突然呼び出して悪いわね」
「いいですよ、いつも美味いカレー、食わせてもらってますから」
「この子が電話で話してたお友達?」
「そうです。こういう場所は慣れてないんで、今日は面倒を見てやって下さい」
僕は、店に入るなり、カウンターのスツールに座らされた。正面には、まるで古代遺跡の舞台セットのようなライブステージ。
そのカウンターの向こうで、キャラメル色の長い髪をトップで結んだ女性が、はじけるような明るい笑顔で当麻と話していた。年齢は、多分、ナスティより少し上だと思う。女性としてとても綺麗なんだけれど、服装のわりには落ち着きのある雰囲気を醸し出していて、僕は直感的に彼女がこの店の主であることを知った。
彼女と話す当麻も、普段見せないような生き生きとした表情をしていて、僕はちょっと複雑な気持ちになった。
当麻のスーツの理由が、彼女にあるとしたら、
それは月9のような分かりやすいドラマだなと思う。
ハンサムな院生とライブハウスの美人女性オーナー。
カレーは、口実なのだろうか。
どうして当麻は、僕をここに連れて来たのだろう?
カレーとスーツとライブハウスという謎に、僕はなんだか胸が冷える思いがした。
「伸、こちらがオーナーのナナさん」
「よろしく、シン」
思いに耽っていると、突然、僕に話が振られてびっくりした。
当麻が言ったように、僕はこういう場所には慣れていないし、作法も分からない。
だから、仕方なく、当麻に事前に注意されたように名前だけで自己紹介をした。
「伸といいます。よろしくお願いします」
「ROVERへようこそ。良い音楽とおいしい食事を。何か飲む?」
女性オーナーからメニューを渡され、どうしたものかと迷う。
当麻に突然、連れ出されて、財布も何も持って来ていないのだ。
「ちょっと、当麻……」
文句を言おうとそちらに向くと、ご機嫌な笑顔を浮かべた当麻があっさりととんでもない事を言った。
「何を飲み食いしてもいいぞ、伸。俺が体で払うから」
「は?」
体で払うって、どういうこと?
ありふれたツッコミをいれる前に当麻が続けた。
「あと、ナナさん、こいつにカレー出して、いつもの。あと、俺はミネラルウォーターね」
分かったわ、と相槌をうって、ナナさんという女性はカウンターの奥の厨房らしき方へ合図をひとつしてから、冷蔵庫から取り出したペットボトルを当麻に渡した。
「シンは何にする?」
ナナさんが笑顔で尋ねてくるので、僕はメニューの中で良く知っているものを選んで答えた。
「ジントニックでお願いします」
「ジントニックね」
その声に動かされたかのように、カウンターと厨房の間の椅子で座っていたバーテンが、グラスを取り上げる。
よく見ると、カウンターの後ろの棚には、ずらりと洋酒のボトルが並んでいた。これだけ揃っているのを見るのは、僕は初めてで、なんだか遠い世界に来てしまったかのような錯覚を覚える。
「で、今日の俺の相方は?」
ペットボトルを手に、当麻がナナさんに尋ねた。
「今、楽屋で準備してるわ。話は通してあるからすぐにリハに入ってもらって大丈夫よ」
「わかった」
言ってから、当麻は僕の耳元で内緒話のように小声で囁いた。
「絶対、この場所から動くんじゃないぞ」
言い残して、当麻は開場前の薄暗いライブハウスの奥へと姿を消した。
そして、僕は残された。
ナナさんと僕の間に、気まずい沈黙が流れる。
もともと、こういう夜の店には不慣れなのだ。何を話せば良いのかも分からない。
そんな僕の戸惑いを察したかのように、ナナさんが僕の前にジントニックの注がれたグラスを置きながら、話し始めた。
「トウマが来たのは半年くらい前かしら。開店直後にいきなりやって来てね。『カレーが食べたい』っていうのよ。失礼でしょ、うち、これでも祖父の代から続いているジャズの老舗なのよ。自分で言うのもなんだけれどね。ROVERのステージに立てたら、この街ではジャズシンガーとしては成功なのよ」
「そうなんですか、僕はあまりこの街のこと、知らなくて」
「あら、じゃあ、吉祥寺がジャズの街だってことも?」
「はい、すみいません」
「気にしなくていいのよ。ROVERって店の名前の意味、知ってる? 流浪者って意味なの。そういう人たちの拠り所だから」
ナナさんはニコリと笑って話を続けた。
「まあ、確かにカレーは出してて常連さんの間では好評なんだけれどね。トウマが言うにはネットで検索したら、うちのカレーが出て来たっていうのよ。でも、ライブハウスのオーナーとしては、少し、不本意だったわよ。カレー目当てで来られてもってね。で、丁度、その日、二人のジャズシンガーがステージに立つはずだったんだけれど、後半のステージで歌う女性のサポートのギタリストの人が、吉祥寺の駅の階段で転んじゃってね。手を怪我してギターどころじゃなくなったの。シンガーの女の子もスタッフも大慌てで混乱してた時に、トウマがね、スタッフに声をかけたのよ。演奏する曲のデモテープがあれば、自分が代役できるって。わたしもにわかには信じ難くてね。だから、彼に店のアコースティックギターを渡して、ジャズスタンダードの『All Of Me』のレコードをかけて演奏できるかって尋ねたの。そうしたら、彼、見事に弾きこなしてくれてね。その日のステージは恙無く終えたと言う訳。それがROVERとトウマの出会いなのよ。それから、うちで出演アーティストの欠員が出た時はトウマに来てもらってるの。報酬はカレー三皿」
「じゃあ、もしかして今日は」
「そう、今日のステージの女性の相方のピアニストの方が突然の風邪で、高熱を出したっていうから、トウマに来てもらったの」
ナナさんの視線が、僕から外されて、ステージの方へ向けられた。
つられて僕もそちらを向くと、当麻がDJが使うような大きなヘッドフォンを耳にあてて、ステージ脇の暗がりにあるスツールに腰掛けていた。目を凝らしてよく見ると、わずかに、その影がリズムを刻んでいる。
「当麻は、あれは何をしてるんです?」
「彼なりのリハーサルみたい。演奏曲を一通り聞けば、とりあえず、大体の曲は再現できるそうよ、トウマ曰く。まあ、ミュージシャンの業界では耳コピなんて普通だけれど、トウマはどう見ても音楽畑じゃないし。わたしの勘だとどちらかというと研究者とかそんな感じ。近くの大学の学院生だとしか教えてくれないんだけれど、あれだけの音楽の才能があるなら食べて行けるのに、もったいないわ。シンは知ってるんでしょ? トウマのこと」
「いえ、僕は……」
僕は、当麻のことをどれだけ知っているんだろう。
スーツ姿の当麻、知らない女性と笑顔で会話をする当麻、ヘッドフォンをつけた当麻、そして、一番遠いと思っていた『音楽』で食べて行けるとまで言われる当麻。
僕の知らない当麻ばかりだ。
僕は当麻の何を見て来たのだろう。
唐突に、僕の世界から僕の知っている『羽柴当麻』の存在が消えてしまったようで、どうしようもなく怖くなった。
こんな気持ちを、僕は知らない。
いつの間にか、時間は経っていたようで、ステージ前のテーブル席は客で埋まっていた。
ステージ周りのスタッフが忙しく動き回っている。
当麻の姿は僕の気付かない間に消えていた。
僕の落ち着かない気持ちは、強めのジントニックに煽られたようで、これ以上、知らない当麻の姿を見るのが辛い気もしてこっそり帰ろうかと思ったけれど、「絶対、この場所から動くんじゃないぞ」という低い囁きが呪文のように、僕をスツールに縛り付けた。
ライブハウスの照明が落ちて、ステージがライトアップされる。
そこには、腰まである美しいストレートの髪を揺らして、黒いドレスを纏った女性と、歴史を感じさせるグランドピアノの前で「まるで本物のミュージシャンのように」優雅に座っている当麻の姿があった。そして、僕の座るスツールからは、当麻が一番、良く見えた。
僕は驚くことも忘れて、その姿に魅入った。
そして、それが本当に当麻なのか疑った。
僕は突然、当麻がスーツを着てきた理由に気付き、それでも、やはり、本当に当麻なのだろうかと思った。
女性のアカペラから始まったステージは、彼女の圧倒的な歌声と、それを優しく包み込むようなグランドピアノの音でライブハウスを心地よい興奮と熱気へいざなった。
僕も、まわってきたアルコールと、気持ちの良い音のうねりの中で、自分を見失いそうになっていた。
知らない曲ばかりだけれど、優しく音に体と心を任せてしまえば、落ち着かない気持ちも忘れてしまえそうだ。
生まれて初めて聞く、生のジャズの歌声と音に、僕はすっかり酔っていたらしくて、気がつくと、一回目のステージが終わっていた。
当麻は、カウンターに帰ってこなかったけれど、ナナさんがカレーを出してくれた。
当麻が美味いといっていたカレーは、僕がいつも作るカレーと違って、スパイスから調合されたいわゆる「本格派カレー」だった。
よくよく味わえば、ターメリックやクミンの独特の風味が舌に伝わってくる。
この手のカレーは、遼や征士が苦手だと言っていたのと、当麻はどうせ、お子様味覚だから、という理由で作った事はなかった。
だから、意外といえば意外だけれど、グランドピアノを弾く当麻を見た後は、何も驚く事はなかった。
二回目のステージにも、僕は心地よく音に酔っていて、もうすっかり当麻がそこに居る事を忘れていた。
深く艶やかな歌声と厚みのあるグランドピアノの音の渦が、僕を満たしていく。
そういえば、グランドピアノを生で聞くのは、高校の音楽の授業以来かもしれない。そんな、どうでもいいことを思い出していた。
演奏が止み、スポットライトを浴びた女性が、ドレスを揺らめかせて用意されていたスツールに座る。
「今日は来てくださって、どうもありがとうございます。そして、ROVERのステージに立たせてくださったことに感謝します。今後のライブ予定は手元のちらしに書いてあるので、お時間ありましたら、どうぞよろしくお願いします」
丁寧な口調で喋った女性は、スツールの下のペットボトルに一度、口をつけてから、話を続けた。
「わたしがジャズを始めたのは、音大のジャズ研に誘われたのがきっかけなんです。それからもう、十五年、唄ってるんですが、その間、ずっとバックでピアノを弾いてくれてた同級生の吉野が、今日は体調を崩して来られなかったんです。それで、急遽、ROVERの紹介で助っ人を頼みました。風の噂で、このライブハウスにカレー三皿で演奏をしてくれる救世主がいるとは聞いていたんですけど、本当に上手いですね。初めての演奏で、しかもリハなしで、こんなに息があった人は初めてです。今日のサポートメンバー、トウマ! ありがとう」
拍手と一緒に「カレー三皿!」と野次が飛んだ。きっと、常連客なんだろう。
スポットライトが当麻に当たる。
照明の下で、当麻は、僕にも、僕たちにも見せた事のない、透明なよそ行きの笑顔を浮かべて軽くお辞儀をした。
「それで、今日はラストナンバーを何にしようか決めてこなかったんですが、トウマから、リクエストがあったので、それを唄いますね。今日、ライブハウスにいる友人に聞いて欲しいそうです」
そこまで聞いて、僕は二杯目のジントニックを運ぶ手を止めた。
友人に、聞いて欲しい?
それは、僕のことだろうか。
それとも、別の知らない人が来ていたりするんだろうか。
今日は、知らないことばかりだから、きっと僕の知らない友人がいてもおかしくない。
当麻の弾くピアノのイントロが流れ始めると、カウンター越しにナナさんが、あら、と声をあげた。
何かあったのかと思い、ナナさんの方を向くと、僕の方を意味深に見つめている。
「あの、どうかしましたか」
「わたし、シンに野暮な事、聞いちゃったのかしら」
「何のことですか?」
「だってこの曲……」
先の言葉は、厚みのある歌声にかき消された。
Poets often use many words to say a simple thing.
(詩人はいつだって単純なこと伝えるのに様々な言葉を使うわ)
It takes thought and time and rhyme to make a poem sing.
(たったひとつの詩を歌うために悩んで、時間をかけて音を乗せる)
With music and words I've been playing.
(音楽と言葉を添え、思いを伝えよう)
For you I have written a song
(あなたのために歌を書いたの)
To be sure that you'll know what I'm saying,
(あなたならきっと私の言っていること、分かってくれると信じてる)
I'll translate as I go along.
(聴いていくうちに、分かるはずだから)
Fly me to the moon,
(私を月に連れてって)
and let me play among the stars.
(星たちに囲まれて遊んでみたいの)
Let me see what spring is like on Jupiter and Mars.
(木星や火星にどんな春が訪れるのか見てみたいわ)
In other words, hold my hand!
(つまり、手を繋いで欲しいってことなの)
In other words, daring kiss me!
(だからその…キスして欲しいの)
Fill my heart with song,
(私の心を歌でいっぱいにして)
and let me sing forever more.
(ずっとずっと、歌わせて)
You are all I long for
(あなたは私がずっと待ち焦がれていた人)
all I worship and adore.
(憧れ慕うのはあなただけ)
In other words, please be true!
(だからお願い、変わらないでいて)
In other words, I love you!
(つまりその…愛してるの)
唄いあげた女性が、長い髪を滑らせてお辞儀をすると、グランドピアノの前で当麻も一緒に頭を下げた。
それが合図のように、ステージの照明が消えて、ライブハウスの客席にライトが戻って来た。
ステージを終えた女性と当麻は、テーブル席の間でいろいろな客と話をしている。
ふと、昨日の夜のことを思い出した。
僕が、この曲を聞きたいと言っていたのを、当麻は覚えていてここに連れて来たんだと気付いて、落ち着かない何かがすとん、と静かになった。
客席で、音楽と酒に酔った客の相手をしている透明な笑顔を浮かべているのは、僕の知らなかった当麻だけれど、間違いなく、あれは、僕の知っている当麻なんだ。
ナナさんが、カウンターの向こうでくすくす笑っている。
「トウマったら、随分大胆なことをするのね。全く、プライベートライブじゃないんだから。文句言わなきゃ」
「当麻が何か?」
驚く僕よりも、さらに驚く表情を浮かべたナナさんが不思議そうに答えた。
「シンは、あまり音楽を聞かないの?」
「すみません、そんなに詳しい方じゃないです。あ、でも今の曲は知っています。『Fly Me to the Moon』ですよね」
「そう、Fly Me to the Moon、私を月に連れてって、『言い換えると』、つまり『In other words』ね、どういうことかしら」
尋ねられて、僕は歌詞を思い出す。
簡単な歌詞だけれど、綺麗に響くメロディばかりに気をとられて、和訳したことはなかった。
アルコールのまわった頭で、できるだけ丁寧に曲を思い出して、最後のフレーズに行き着いた。
……In other words, I love you.
ええ! と思い、ついナナさんの方を見てしまった。
朗らかな笑顔で、ナナさんがとんでもないことを言う。
「シン、そこらの女の子よりも可愛いもんね。大丈夫、この業界、そういう人、多いから」
「いや、多分、そういう理由じゃないと思います……」
最後は小声になってしまった。
本当に、当麻は単純に、昨晩の僕の願いを聞き届けてくれただけなんだと思う。
それ以上の意味はないはず。
あったとしても、多分、当麻は気付いていないはずだから。
……In other words, I love you.
そんな気持ちが、本当に僕らの間にあると知ったら、僕も当麻もきっと一緒のベッドで眠れない。
何も知らないナナさんが、当麻を呼んだ。
カウンターに戻って来た当麻は、僕の方を見て、ちょっとだけ笑うと、ナナさんに『お腹すいた』と一言、告げた。
そして、出されたカレーを勢いよく食べ始める。
僕は、アルコールで霞がかった意識の中で、スーツを着崩した当麻が次々とお皿をあけるのを、ぼんやりと眺めていた。
ライブハウスを後にしたのは、十一時をずいぶん過ぎた頃だった。
井の頭通りは、まだ行き交う車のライトで眩しかった。
アルコールの抜けきらない頭で、僕は当麻に何をどこから尋ねようか、迷っていると、当麻の方から話が切り出された。
「悪くなかっただろ?」
「何?」
「カレー」
ああ、その事か。
意外、だったけれど、今日の意外はそこじゃなくて。
「美味しかったよ。当麻がああいうカレーが好きだって、すごい驚いたよ。でも、それより当麻。どうして楽器ができることを隠してたんだい?」
「別に、隠してた訳じゃない。そういう機会がなかっただけだ」
「まあ、言われてみれば」
確かに、皆が集まって音楽を聞いたり演奏したりすることはなかった訳で。
「一応、音楽の成績は良かったんだぞ」
「それは、今日のステージで良く分かったよ。ギターもピアノもできるなんて、なんだか意外すぎてまだ信じられない。まさか、バイオリンもサックスもできます、なんて言わないよね」
「ああ、そういう練習が必要なのはムリ。せいぜい出来てあとはベースくらい。別に俺は音楽の才能がある訳じゃないからな」
「え、でも、オーナーさんは、君のことを『音楽で食べて行ける』って褒めてらしたよ」
「よく勘違いされるんだよな。だから、本名とか知られたくなかったんだよ。俺から言わせれば、音楽は数学的に構築された芸術なんだぜ?」
「数学的?」
「基準となるAつまりラの音が440Hzだろ。Bは493.9Hz、Cは523.3Hz、という風に音は周波数、つまり数字で扱えるだろ? リズムやビートも同じだよな。2ビート、4ビート、8ビート、っていうくらいだから数学的に構築されてるよな。コード進行だってな……」
「もういいよ、よく分かった」
長くなりそうな当麻の講義を遮って僕は、その前に躍り出て、顔を覗き込んだ。
「In other words?」
「え?」
当麻は、お洒落なスーツに似合わない間抜けな顔で、僕を見た。
ほら、やっぱり。
その続きを知らないのは、僕だけじゃなかった。
……In other words, I love you?
夜空には、昨日と同じ銀細工のような月が煌煌と輝いていた。
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side:T
俺がその歌を知ったのは、小学校四年生の時だった。
歌詞に使われている単語は簡単なものばかりなのに、訳すと全く意味が分からなかった。
それは、大人になって意訳できるようになっても、なんとも腑に落ちない奇妙な歌で、だから、伸がその曲を聞きたいと言った時は、やはり俺は伸が分からない、と思った。
親父の書斎には、時代に似合わないアナログのレコードプレイヤーがあって、時折、クラシックが流れていた。
よく、雑音が入ったりぶつりと音が切れるので、親父にレコードを掃除しろよ、と文句を言ったら逆に笑われた。
『雑音も音楽のひとつだ、当麻。時間というスパイスなんだよ』
そういう親父は、クラッシックのレコードばかりを集めていたが、ある時、歌の入ったレコードがかかっているのを耳にして、俺は驚いて親父に尋ねた。
「なんだ、これ」
「フランク・シナトラの『Fly Me to the Moon』という曲だよ。原曲はバート・ハワードの『In Other Words』という曲だけど、お父さんはこっちの曲の方が好きなんだ。これが発表された一九六〇年代というのは、アメリカでアポロ計画の真っ最中で、皆が現実に月に行きたいと祈っていたんだ。そんな時代の歌だよ」
「月ねえ」
月というのは、もうすっかり身近な衛星で、時代は外惑星探査の時代だった。アメリカのパイオニア計画では、俺が生まれる前に木星と土星の観測に成功していたし、日本でも火星探査の計画、いわゆるPLANET-B計画が始まっていた。
親父は俺に曲を最初から聞かせるために、レコードの針をアナログレコードの端に置いた。
「当麻なら、これくらいの歌詞は訳せるだろう」
そう言われて、改めて最初から歌を聞いた。
一語一語が丁寧に発音されているので聞き取りやすかったし、なんと言っても使われている単語はシンプルなものばかりで、英語を覚え始めた俺にでも十分歌詞を理解することはできた。
「なんだか、ヘンな歌詞だ。私を月に連れて行って欲しい、とか歌を聞かせて欲しい、って唄っているのに、どうして、それを『言い換えたら』、I LOVE YOU.なんだ? 矛盾してる」
「今の当麻には、ちょっと難しいかもしれないな。もう少し、大人になれば分かるようになるだろう」
しかし、何歳になっても、俺にはその意味が分からなかった。
前半のステージを終えて楽屋に戻ると、今日の相方のリサさんがハグをしてきた。
「トウマ! すごい!」
彼女の声は喜びと興奮に満ちあふれていて、俺は少しだけほっとする。
リハなして演奏できる自信はあったが、その演奏が歌い手に気に入られるかどうかは別問題だ。
以前、相方を演った歌い手で、「演奏は上手かったけど、やり辛かった」と言われた事もある。
「あなた、本当に『ただの大学院生』なの? どこかのスタジオミュージシャンじゃないの?」
「いえ、本当に普通の大学院生ですから」
残念ながら、今年、早稲田に落ちた予備校生だけどな。
それは流石に言えないので、黙っておく。
ミネラルウォーターを飲んで、一息ついたリサさんは、興奮から少し醒めたように楽屋の使い古されたソファへ体を預けて、じっと俺を見た。
「もったいないわ」
「え?」
「こんなにイケメンで音楽ができるのに、普通の大学院生なんて。なんだったら、例の十四人組の事務所、紹介してあげようか?」
「それは勘弁してください」
「冗談よ」
ふふ、と大人びた笑みを浮かべるリサさんは、俺のことを弟の友達くらいに思っているんだろう。まあ、年齢的に十歳以上、離れているのだから仕方ない。
「あのね、トウマ」
リサさんが笑みを消して、音楽の道を歩む者独特の強い光を宿した瞳を俺に向ける。
「私はね、歌う時に必ず、たった一人のために歌うの」
「お客さんに、じゃなくてですか?」
「そう。会場にはいないけど、大好きな恋人のために歌うのよ。それが私の歌。だから、歌い続けてこられたの」
俺は、それについて気の効いた返事をすることができなかった。
冗談ならいくらでも言える。
でも、リサさんの思いは真っ直ぐだ。
茶化すこともできないし、かといって、それが俺に理解できるかといえば、難しい。
たった一人の歌姫に愛されるというのは、幸せだろうけれど、愛された方は何を返せば良いのだろう。
「ね、トウマ。あなたは誰のために演奏をしているの?」
「そりゃ、今日はリサさんのためですよ」
「そうかな。あなたの演奏は完璧。でも、あなたの音楽からは、あなたの声が聞こえないの」
「え……」
その意味を計り兼ねて、言葉を失う。
俺の声?
そんなものが、初めての演奏を通じて、聞こえるのだろうか。この歌姫には。
「私、こう見えてもわりと完璧主義者なの。ステージもパーフェクトを目指したい。だから、トウマにも、ちゃんと『誰かのために』演奏して欲しい。それが、私の音楽へのこだわりだから」
誰かのための演奏。
そんなこと、考えた事がなかった。
音楽は、音を組み立てる演算でしかないと思っていた。
「トウマには、恋人はいないの?」
「いえ、残念ながら」
「じゃあ、大切に想っている人は?」
一瞬、カウンターのスツールに座っていた伸の横顔が過ったが、慌てて頭の外へ追いやった。
伸は、大切な友人だけれど、リサさんのいうような「想っている」人じゃない。
けれども、歌姫は、俺の戸惑いに気付いたようだった。
「次のステージのラストの曲、まだ、決めてないの。ジャズスタンダードなら全部、歌う自信があるわ。だから、その中からトウマが決めて。そうすれば、誰のために演奏しているか、あなた自身も気付くんじゃない?」
こんなことはROVERでヘルプを始めてから、言われた事がなかった。
自分で曲を選ぶなんてことはまずない。それは普通、ステージ中央に立つ歌い手が決めることだ。
しかも、ラストの大切な曲。
リサさんが俺を見る目は、厳しさも感じられるほど真剣なものだった。
どうやら、俺がラストナンバーを決めなければ、この場は収まらない様だ。
不意に、昨晩の伸の言葉が頭を過る。
『私を月に連れてってっていう歌、あったよね』
その時の伸の表情は、まるで本当に月に連れて行って欲しい、とでもいうような表情だった。
月に恋い焦がれるような、そんな憂いを含んだような微笑。
俺は咄嗟に、その事を口にしてしまった。
「今日、世話になってる友人がROVERに来ていて。そいつが『Fly Me to the Moon』を聞きたいって言ってたから、お願いしてもいいですか?」
リサさんが、驚いたように俺を見た。
何かマズかったのだろうか?
かなりメジャーな曲のはずなんだけど。
「あ、無理なら……」
「ううん、大好きよ、私も。ただ、その曲は……。トウマ、歌詞の意味は知ってる?」
「ええ、なんだか、奇妙な歌詞ですよね。月に連れてって欲しいとか、歌を歌って欲しいとか言いながら、最後には『I LOVE YOU.』で終わる辻褄の合わない曲だと」
「トウマ、それ、本気で言ってるの?」
今まで厳しいくらい真剣だった表情のリサさんが、声を漏らして笑い始めた。
俺、そんな面白いことを言ったつもりはないんだが。
「何か間違ってますか、俺」
「トウマって、ちゃんと恋愛をしたことないでしょ?」
だから、何故、そういう話になるんだ。
「『Fly Me to the Moon』はね、月に連れてってなんて、無理なお願いをするのは、つまり、『In Other Words』ね、あなたのことを愛しているから、こんな我がままを言うのよ、っていう歌なの。誰かを好きになって、何も手がつかないくらい苦しい思いをした経験があれば、誰でも理解できる歌よ」
俺は、その時、雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
十歳の時からの謎が、いきなり氷解したのだ。
しかも、その内容は、俺が経験したことのない範疇のことで。
誰かを愛するということが、何故、我がままを言うことになるのか、やはり理解できなかった。
「だから、これは、あなたのことを愛してますっていう、告白の歌なのよ」
そんな歌を伸に向けてなんて、それはちょっとマズい。
「あ、やっぱり別の……」
「それはナシよ、トウマ。ちゃんとリクエスト、受け付けたわ。ラストナンバーは、『Fly Me to the Moon』に決定ね。カウンターに座ってる、可愛いあなたのお友達に、トウマの想いが届くように歌うわ」
何だって……?
どうして、リサさんが、俺が伸を連れて来ていることを知っているんだ。
問い詰めようとしたその瞬間、楽屋のドアが開いて、スタッフから次のステージの準備に入るように言われ、俺はリサさんの後について楽屋を出た。
セカンドステージはボロボロだった。
演奏は完璧にこなせた自信はある。
ただ、いつもなら無心に演奏に打ち込めるのに、リサさんの言葉で、俺は図らずも伸の事ばかりを考えていた。
もし、伸が『Fly Me to the Moon』の歌詞の意味を知っていて、その本当の意図するところを理解していたら。
人の心の機微に敏感な伸のことだ。
俺が伸を前にして、いつも冗談で取り繕っている自分でも分からない何かすら、見抜かれてしまうかもしれない。
こんな、熱烈なラブソングなんて聞いてしまったら。
その日のステージは無事終了し、俺はナナさんに呼ばれてカウンターへ足を運んだ。
カウンターのスツールの伸は、ぼんやりとした瞳で俺のことを見ていた。
一瞬、お酒に酔ったのだろうかと思ったが、先日の花見で、征士と一緒に日本酒一升をあけても顔色一つ変えなかった伸だ。ジントニックぐらいで酔うはずもないだろう。
……ああ、もしかしたら、音か。
話に聞く限り、伸はライブハウスに行くような性格じゃない。行ったとしても、地元の公民館のコンサートくらいだろう。
老舗とはいえ、ROVERの音響システムは常に最新かつ良質なもので設計されているから、そこらへんのライブハウスなんかよりも音のクオリティが高いのだ。そこへ、リサさんクラスのキャリアの歌声が重なれば、初めてじゃなくても酔ってしまうだろう。
特に伸は、いろんなものを「受け入れてしまう」体質らしいから。
リサさんの、あのMCと、『Fly Me to the Moon』という曲で、伸が何を思ったのか、俺は怖くて声をかけることもできず、ただ、カレーを食べるしかできなかった。
その日の、仕事とはいえない仕事を終えて、ROVERを出たのは二十三時を少し過ぎた頃だった。
俺の隣で、伸が頬を僅かに紅潮させている様子を交錯する車のヘッドライトの灯りの中に見て、ちょっと心配になる。
お酒のせいか、音楽のせいか、いつもよりあどけない顔。わずかに危ない足どり。
コレは普通に攫われる。
不意に、毎晩、抱き枕にしている感触が体によみがえって来て、カっと体が熱くなる。
わずかに息が苦しくなる。
それを自分でごまかすために、どうでもいい話を伸に振ったら、上機嫌で返事が帰って来て、俺は伸と気の抜けた会話のラリーを続けた。
話しながら、リサさんの言葉が脳裏を過る。
『カウンターに座ってる、可愛いあなたのお友達に……』
俺と伸は、そういう関係じゃない。
じゃあ、どういう関係だと言われれば非常に難しい。
幼なじみでもないし、同級生でもない。仕事仲間でもなければ、学会で知り合った友人でもない。
現代に不相応な「鎧」というアイコンで繋がった、血縁以上の強さで結ばれた絆。
平和ボケした日本で、生死を共にした同胞。
確かに、少年時代の俺は伸に対して、他の三人とは違う想いを抱いていた。
でも、それはきっと、戦いなんていう特殊な状況下だったからだ。徴兵制のある国ではよく聞く話だ。
じゃあ、今はどうかと言われれば、これも奇妙だ。
俺は伸を前に、身動きできなくなる。
触れたいと思いながら、触れるのが怖いと思う。
伸は俺とはあまりにも違いすぎて、手が届かない所にいるような気がするのに、そのくせ、失うのが怖いと思う。
いや、正確には、田無神社の一件以来、強烈に感じるようになった『失う予感』だ。
それが、俺は不安でならない。
だから、手を離したくないのに、その手に触れるのが怖いと思う。
……思考の堂々巡りだ。
時折、伸が俺に見せる、深い慈悲にも満ちた眼差しに気付く度、伸は俺をどう思っているのか、どういう位置を占めているのか、知りたいけれど、知ってしまうのが怖い気もして尋ねる事ができない。
こんな複雑で、奇怪な感情を一言で表せる単語を、俺はどの国の言葉にも見いだすことはできない。
……In other words, I love you.
そんな単純に説明できる気持ちなら、俺はもっと早く人工知能を作れると思う。
それくらい、人間の感情というのはやっかいで、扱いにくい。だから、俺は苦手だ。
そんな事を考えていたら、突然、伸が目の前に躍り出て尋ねて来た。
「In other words?」
「え?」
まさか、俺の心を読んだのか?
その時の俺の表情が、余程おかしかったらしく、伸は俺の隣でくすくすと笑っていた。
『もう少し、大人になれば分かるようになるだろう』
親父はそう言ったけれど、そしてリサさんから歌詞の意図するところを教えてもらったけれど、結局、俺は、『In other words, I love you.』に辿り着く思考が理解できなかった。
side Sは、実はアップしているんですが、当時なぜか好評だったため(笑)side Tを書いてオフ本にしてSCCで初売りした記憶があります。ただ、そのころ、まだまだコピー本作りになれなくて、いわゆる「両面印刷」ではなく「片面印刷」したものをひたすら折ってこれだけ短い内容なのにえらく分厚いコピー本ができてしまいました。しかも、刷った部数は13冊くらい……だったので、ほとんど幻になってしまい、救済措置でアップしてみました。読み返すと結構好きかも(笑)

