遼の家は、中央本線甲府駅からバスで一時間半、そのバス停からさらに歩いて半時ほどの山奥にあった。
ログハウス風の家は広かったが、父上が撮影したという写真が飾られている以外は極端に「物」が少なく、質素というよりも生活感がなかった。遼がここで幼い頃から独り住まいのような暮らしをしていると思うと、私は疎ましいとどこかで思いながら、その家族に守られている自分が贅沢なのだと知り、遼が毎日、ここで独り、会話もなく食事をしている姿を想像し、いたたまれない気持ちになった。そして同時に、例の不可思議なしこりが再び明瞭な形を取り始めた。遼はここで、誰に愛されて育ったのかと。
その答えは、遼自身が教えてくれた。
翌日は春特有の淡く低い青空が広がり、緑の中を吹き渡る風が心地よく、私は遼に誘われて彼の庭だという山を散歩した。私に教えたい秘密の場所があるという。
舗装もされていないただの獣道を遼はいとも容易く歩いてゆく。時折、私を振り向いて気遣ってくれるが、歩き慣れない山道を遼に遅れない様についてゆくのが精一杯だった。
一時間程、獣道を歩くと突然、木立が終わり、視界が開ける。
その先には見渡す限りの若草と色とりどりの小さな花で編まれた絨毯が広がっていた。広場の中央には小さな湖があって、ほとりにはまるであつらえたかの様に人が座るのに丁度良い高さに木が横たわっている。遼はそこに座って、溢れる光の中から私を呼んでいた。
しかし、私は遼の呼びかけに答えることができなかった。
幻かとも、白昼夢かとも思い、我が目を疑った。
遼の肩には仔リスが乗り、愛おしいものにするかのように頬擦りをしている。小鳥の群れがやってきて、遼が伸ばした手の指先を、口付けるかのように代わる代わるついばんで離れようとしない。湖に浮かんでいた鴨の親子がのんびりと岸に上がって来て、遼の足下に身を寄せてくつろいでいる。蜂の一群が音を立ててやってくると、遼に挨拶をするようにその場でくるくる舞い、森の中へ消えてゆく。蝶は、遼にいざなわれるかのように、ふわふわと周囲の森の中から現れて、緑の広場を夢幻の世界へと変える。風に揺られた木々たちはそれぞれにざわめいていた。「主が来た」と。
私は瞬時に理解した。
遼は、この世界に愛されて育ったのだと。
深い慈悲に溢れる木々、陽気な獣たち、優しい草や花々。人間とは違い、それらは裏切ることを知らない。大地の時計は狂う事なく四季は訪れ、この世界に生を受けては去ってゆくという自然の理は違えず、与えれば与えるほど、その愛情は響くように広がり、世界を、そして最後は自分自身を包み込む。
そういった世界に愛されて遼はここに有るのだと知り、愕然としたのだ。
決して遼は独りではなかった。
社会という檻の中で生きる人間が考えられるより遥かに多くのものから、生きる力と愛情を与えられて育ったのだ。
仁の鎧、そして人の世の是非を問う輝煌帝は、遼の激しい気性ではなく、大いなる世界を愛し、愛されるその力を選んだのだ。
そんな遼を見て、私は己の器の小ささを知った。
家という檻の中で、剣の道に己を見いだしたと思っていた。しかし、それだけだった。
遼たちと出会うまで、私には友と呼べる存在はいなかった。いや、自らその道を閉ざしていた。剣に己を見いだしたと思いながら、その実、剣の道に逃げていたのだ。剣は私が裏切らない限り応えてくれる。しかし、人は分からない。伊達家の嫡男であることを理由に、敬われ、陰口を叩かれた。
家族との関係も、決して遼とこの世界のようにやわらかなものではなかった。
祖父とは常に師と弟子の関係、父と母は伊達家の嫡男である私に愛情と引き換えに名家の長子たることを求め、姉妹はそれをあまり良くは思っていなかった。
独りだったのは遼ではない。
私の方だったのだ。
例の不可思議なしこりは、遼に対するものではなく、私自身への問いだったのだ。
祖父は幼い頃から、私に礼の心を持つよう教え、迦雄須もまた、礼の心を磨くように諭した。
そして、私は礼の心を持つ者のみに与えられる光輪の鎧を纏う事になった。
一千年もの歳月を経て来た光輪の鎧をこの身に纏うことができる事を、私は奢る事なく自らの存在意義として、悠久の歴史の流れの自然の帰結として受け入れている。
だから決して、礼の心を軽んじる訳でもなく、光輪の鎧を否定する訳でもない。
しかし、目の前の遼を見ると、自らが体得した「礼」というものがいかにちっぽけなものかと考えてしまう。
礼とはすなわち、社会秩序を維持する為に人が産み出した行動規範だ。人同士が争わぬよう、社会が円滑に運営されるように古(いにしえ)の誰かが編み出した形式なのだ。
それは、目の前の遼の世界に全く必要ないもの。
愛しいものをただその身を以て慈しむこと。それだけで、世界は穏やかな秩序を得られるだろう。そこに、「礼」といった形式は必要ない。むしろそれは、邪魔なものかも知れない。慈しむ方法はそれぞれに違うのだから。
私はゴールデンウイークの終わる直前まで、遼と一緒に山の中で過ごした。
胴着も竹刀も持参してはいたが、一度も使う事はなかった。
それでも私は、深く満ち足りた穏やかな気持ちで過ごすことができた。
遼の側にいれば、私は剣士であることを求められないのだと思った。それは、得難い幸福感だった。
伊達の名も剣の腕も必要とされない、ただ一個の人間として私という存在を認められたのだから。
二度目の再会は、私にはとても喜ぶ事のできる状況ではなかった。
夏休み、光輪剣の研究を餌に私は異国の地で捕らえられ、光輪の鎧はその本質を知らぬ傲慢な科学者とその力を悪用しようと企む醜悪な妖邪によって、鎧とは無縁の人々が栄える街で暴走した。
仲間が助けに来てくれなければ、私は今頃、妖邪の一介として朽ち果てていたに違いない。
それを思うと、友にはどれだけの礼を尽くしても足りない。
そして、生死を共にすると言う希有な宿命によって与えられた彼らとの絆に、私が生きて来た短い年月の中で最も尊いものを見た気がしたのだ。血縁でもなく、地縁でもなく、損得抜きで私を助けてくれた彼らの姿に。
遼をはじめ、友の誰一人として私の失態を責めるものはなく、むしろ私の矜持を気遣ってか、秀すらも軽口を叩かずにいてくれた。その心遣いに感謝する一方、私は自らの愚行を恥じた。それは、どれだけ優しい言葉を向けられても、私の中で私自身を苛む枷となり、居座り続けた。
秋、剣道の全国大会を翌週に控えた夜。
私は奇妙な夢を見た。
道場で、随分と大人になった「私自身」が先生として子供達に稽古をつけている。その「私」は再び戦いが起こる事を恐れて友に会う事を避けていた。そこに、先輩の女性が現れる。そして、彼女の幼い娘が目の前で車に轢かれようとするのを目撃し、「私」は身を呈して幼子を守り、「私自身」が生死を彷徨う。夢の中の夢とでもいうのだろうか。混濁する意識の中で「私」は最も恐れているはずの戦いの中にいた。それも、「私自身」は戦う術を持たず、ただただ、友から守られ、叱咤激励をされるのだ。そして、彼ら一人ひとりから戦う力ではなく「生きる力」を受け取る。
そして最後には、遼がいた。
私に何か一言、言葉をかけると、手を差し伸べてくれた。その手は温かく、色彩の欠けた夢の中で唯一、現実味のある感触だった。
夢はそこで途切れ、私は目を覚ました。
時計を見ると、まだ朝とは言い難い午前四時だった。
不可解な夢を見たものだと不明瞭な意識で思った。
夢なのか現実なのか。右手にははっきりとした遼の手のぬくもりを感じながら。
何かの気配を感じ机の上に目を遣ると、携帯電話が光だけで着信を知らせていた。こんな時間に誰なのかと訝しみながらも確認すると、遼からだった。
「待ってたよ、征士。」
前置きもなく、遼はそう言った。それは夢の中で「私」が遼から渡された言葉。
私は応えることを忘れ、夢か現(うつつ)か分からない状況に、ただただ身を任せるしかなかった。
遼は続けた。
征士が、夢の中に出て来たんだ。
俺が必死で声をかけてるのに、気付かない。
よく見ると、征士は傷だらけなのに、武器はおろか鎧も纏ってないじゃないか。
俺は武装して戦っているのに、征士が守れないことが悔しくて必死で名前を呼んだぜ。
そうしたら、ようやく征士がこっちに気付いてくれて、手を伸ばした。そこで夢から覚めたんだ。
だから、征士に何かあったんじゃないかと思って、電話してみたんだ、こんな時間だけど。
屈託なく話す遼の声に私は忘我した。
言葉も理性も己の姿をも失い、ただ沸き起こる感情のまま、膝を付き、携帯電話の向こうから聞こえる遼の不安そうな声に縋り、声を押し殺して涙を流した。己の弱さに、そしてその弱さすらも受け入れてくれる遼という存在に。
異国の地で私を苛んだ枷は、そして消える事なく私を侵し続けていたそれは、遼のその一言でふわりと消えた。
まるで、遼がそうして許すことが、世界が私を許すことと同等であるかのように。
今、思い返すと、夢の中の「大人の私」は、異国の地で己の鎧を悪事に使われた自責の念そのものだったのかもしれない。
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