毛利伸の憂鬱 6

毛利伸の憂鬱6



 例えば伸が女なら、きっとこう、ただでさえ細い線がもっと細くて、今よりも華奢な体つきだ。ウエストはくびれていてほんの少し、お尻が大きくてやわらかい。顔の輪郭は少し丸くて、多分、思いっきり照れ屋だから、キスしただけでも頬がすぐに赤くなる。耳たぶを触られるのが苦手で、そこに唇を落とすと無意識にあの甘ったるい声が喉から漏れる。俺はそれが溜らず、何度も耳たぶをかじる。そして、俺たちの身体に火がついて、湿った肌をすりあわせる。玉のようなすべらかな肌。伸びやかな肢体は変わらないけれど、男の伸よりも少し小柄なその体は、俺の両腕にすっぽりと収まってしまう。声にならない息だけの喘ぎ声を聞きながら、太腿に指を這わせてくびれたウエストをなぞって、それだけで、伸は無意識に蕩けそうな高い声をあげる。あばらを一本一本、丁寧に舐め上げて小さな膨らみに到達する。俺の大きな手にすっぽりと収まる小さな胸。でも、ちゃんとそれはやわらかくて、俺はそれがたまらなく愛おしくて何度も何度も、小さな胸を揉む……
 揉む?
 いや、この感触は揉むにはあまりにも小さ過ぎる。なさすぎる。揉むだけの「肉」の部分がついていない。確かに柔らかいには違いないが、頑張って揉む努力をしても、手が滑ってしまうほど、「ペッタン」だ。
 おかしい、伸の胸はどこにいった……
 おかしい、おかしい、と考えて何度も伸の胸を撫でている当麻の耳に、怒声が轟いた。
「何やってんだ!! このド変態が!!!!」


 一時間後、リビングにいささか不気味な光景が繰り広げられていた。
 窓を背にして、上半身裸の伸が、腕を腰に当てて仁王立ちのポーズをとっている。その様子を、残り四人が眺めながらひそひそと相談していた。
「確かに柔らかかったんだよ、伸の胸が! こう、男の胸じゃなかった。」
 小声で当麻が主張する。
「でもなあ。」
 思いっきり不機嫌な伸をちらりと一瞥して秀が言う。
「どう見ても、『ない』感じだぞ? あれは。もし胸だというんなら、小さすぎるだろ。俺は胸とは認めないぞ。」
 巨乳派の秀にとって、眼前の伸の胸はどう考えても『乳』には見えない。
「じゃあ、お前の嫁はどうなんだよ。」
 当麻が訊くと、秀はひどく自慢げに笑って自分の両手をその胸元にもってきた。お椀を二つその手に抱えて揉む仕草をしながら言う。
「こう、な。ぷるぷるの杏仁豆腐みたいに、触ると気持ちいいんだよ。」
「ちなみにサイズは?」
「知らねえ。Eカップだってのは聞いた。……って、人んちの嫁をオカズにしてんじゃねえ!!」
「オカズになぞしとらん。純粋な探求心だ。それに俺は巨乳に興味はない。」
 秀の言葉を即座に否定した当麻に、征士が不思議そうな視線を送る。
「それはまるで女性に興味がないと言っているようだな。」
 何を、と反論しかけた当麻を遮って、意外にも遼が当麻を斜方向に援護した。
「俺も当麻と同じだな。大きさにはこだわらないぜ。母乳がでればいいよ。」
 気まずい沈黙が4人を包んだ。大将の言っている『乳』の意味は生物としてのそれだった。否定はできないが、今、話題にしているのはそれではない。
 仕切り直して征士が話を進めた。
「私は伸が女性になったのではないかと思う。」
「は?」
 唐突な意見に残る三人が息を呑んだ。
「丁寧に観察したところ、いつもの伸より、肩が若干、撫肩になっている。筋肉のつき具合も男性とは違う。怒っていて分かり辛いが、顔の輪郭もややまろやかだ。胸がないのは……まあ、個性というものだろう。」
「さすが真実を照らす光輪の征士が言うと説得力があるな。」
 当麻が感心したように頷くと、隣で秀が「んな訳ねえよ」と文句を言う。
 三人の会話に遠慮がちに、遼が割り込んだ。
「思うんだけど、こういうのって、やっぱり女性の方がわかるんじゃないかな? ナスティを呼んでみようぜ。」

 遼から連絡を受けたきっかり一時間後に、またリビングに奇妙な光景が繰り返された。
 しばらく、離れたところで上半身裸の伸を観察していたナスティは、うんうんと頷いたあと、伸に近寄ると、怖れる事なくその背後に回り込んだ。
「なんだよ、ナスティ。」
 普段は決して、ナスティには逆らわない伸が、怒ったように声を荒げる。そんな伸の態度を無視してナスティは両手で後ろから伸の胸を揉んだ。
「ちょっ!! ナスティ!!」
「アンダー70、トップ75。AカップないけどAカップ。これは立派な『胸』よ。でもおっぱいじゃなくて『ちっぱい』よ。分かる?」
((((ちっぱいって!!))))
 いまだ、胸に置かれてあるナスティの腕を解いて、伸は両腕をまわし自分の体を隠した。
「何いってんだよ! 僕は男だ! ちっぱいだかなんだか知らないけど、胸なんかあるわけないだろ?」 
「いいのよ、伸、隠さなくても。」
 天使の笑顔で微笑むナスティに面食らって、伸は逃げ場を失った。
「じゃあ、伸は本当に女性になってしまったのか。」
 問い詰めるような厳しい征士の声にナスティが頷く。
「そう、いわゆる女体化したのよ。」
「……俺、赤飯炊いて来る!」
「遼、そういう問題じゃない。」
 冷静に突っ込みをいれた当麻が改めて伸を見た。あまりの視線の痛さに、伸はソファに置いてあるシャツを着ている最中だ。
「しかしまた、どうして伸が女体化なんてしたんだ?」
「やはり、妖邪の仕業か。」
「征士、100メートルばかし話がずれてる。ていうか、基本、遼と征士はボケなんだな。関西人の俺に感謝しろ。」
「当麻!」
 下らない会話はナスティの一喝で中断した。
「あなた、さっき『どうして?』って聞いたわね?」
「ああ。」
「あなたのせいよ! あやまりなさい! そして男なら責任とりなさい!」
「は?」
「あなたが、うだうだと、伸が男だから抱けないとかそんな、日本中のBL愛好家の方々に失礼なことを延々と考えているから伸がこんなになっちゃたんじゃないの!」
「え、俺のせい?」
「そうよ、貴方の妄想が伸をこんなにしちゃったのよ。」
 妄想……と言われて、当麻は明け方に見た夢を思い出した。ただそれがいきなり現実になるはずはない。その言い分はひどく非科学的だと訴えようとしたその先で、ナスティは手をひらひらとさせていた。
「じゃあ、私は帰るから。あとはみんなで相談しなさい。あ、下着を買うときは私が同行してあげるから。」

 ナスティが帰った後、四人は頭を付き合わせていろいろ考えたが、結論としてはこうだった。
「伸が女性化してもあまり変わりないのではないか。」
 たとえば、すごい胸と尻を持つナイスバディになってしまっていたら、目の遣りどころに困るだろうし、もし、男性を誘惑するのが好きな小悪魔な女性になってしまったら、少なくともゲストハウスは居心地の悪い空間になってしまうだろう。しかし、現状、今の伸はどうやら意識は男のままで、服を着ている限りはほぼ、以前の伸と外見上の違いはない。
 一体何が女体化だよ、なるんならぼんきゅっぼんになってみやがれ、と秀が零したが、実際、そうなると居心地が悪くなるのは自分たちの方なので、征士も遼も当麻も、伸が「微妙に女体化」してしまったことに安堵した。第一、もともと中性的だったのだ。征士のように男男した人間が女性になるのとは訳が違う。

 しかし、四人の思惑は見事に外れてしまった。
 十二時を過ぎて昼ご飯の時間。いつもなら伸が皆をリビングに呼ぶ時間だかがその姿が見えない。どこに行ったかと思えば、中庭の木にもたれてうたた寝をしていた。
「おーい、伸、昼飯!」
 秀が声をかけると、伸はうっそりと起き上がってしかめっつらをした。
「僕はお腹、空いてないけど?」
「俺たちは腹へってんだよ! ご飯、作ってくれよ。」
 二人の会話につられて、他の3人も現れた。皆、一様に腹を空かせて飢えたような目をしている。
「伸、ご飯を作ってはくれまいか。」
「しーん、ごは〜ん!」
「なんで僕が作らなきゃならないんだよ。」
「お前以外、まともなのを作れないじゃないか。」
「いやだね、どうしてそんなに君たちの面倒をみなきゃならないんだ。確かに僕は公式では料理が趣味だけど、おさんどんが趣味だとはどこにも書いてないぞ。」 
 言ってから、伸は立ち上がって四人の傍を通り過ぎて部屋の中に入った。そのすれ違い際、俯きがちにぼそりと言った。
「……まあ、でも、どうしてもっていうんなら作ってやるよ。」

((((伸がなんか男言葉でデレたっ!!! いろんな意味で新鮮!!))))

 結局のところ、その日一日は、見た目はあまり変わらないがナスティ曰く「女性化」してしまった伸にふりまわされっぱなしであった。
 女体化した伸は、胸ではなく人格ベースが変わってしまったのか、普段の伸からは考えられない言動をとった。
「だから僕は男なんだよ!!」
「なんでも僕に押し付けるな! 今日は家事分担表を作るからな!」
「大体、仮に僕が女でも何も問題ないだろ。征士には遼がいるし、遼には征士がいる。秀には奥さんがいる。ああ、当麻は問題外だよな。人の胸を揉むような変態だから。」
 女体化したらしい伸は、どうやら性格が男性の方に振り切れてしまったようだった。

 一日をおえる頃には、4人はすっかり疲れてしまっていた。
「……元の伸に戻って欲しいな。」
 皆の思いを代表して、遼が言った。頷く他の2人をよそ目に、当麻は心の中で呟いた。
(……いまの伸なら、抱いても犯罪じゃないよな?)


 夜はいつも通りやってきた。
 そして伸もいつも通り、当麻と一緒のベッドに入って、いつもどおり、当麻の腕の中で文句を言わずうとうとし始めた。
 その寝顔は当麻がこれまで知っているようで知らないような、思わず触れてしまいたくなる可愛らしさをたたえていた。
 睡魔と戦いながら、当麻は考える。
 本当に伸は女になってしまったのか? 
 性別上の女になったのであれば、なぜ、あれだけ自分は男だと言い張るんだ?
 何か確かめる術は……そうか!
 脳裏に閃いた案に、当麻は深く納得した。
 なぜ、今まで、智将のこの俺が気付かなかったのか。
 男ならついていて、女ならないものが、あそこでわかるだろう。
 伸はよく眠っているようだし、ちょっと触れるだけでは起きないはずだ。 
 そう思って、当麻は伸の、ピーー(自粛)に手を伸ばした。
 瞬間。
「うわーーー!! ちょっ! 当麻、何やってんの!!」
 伸の裏返った悲鳴が寝室に響いた。
 その声に、当麻は「もう一度起きた」。そして、慌てて、伸の胸に手を伸ばして滑らせる。
「伸、お前……」
 伸は胸に伸びてきた当麻の腕を振り払いながら、ベッドの上で逃げ腰になった。
「だから、当麻、何やってんの!?」
「男、なのか?」
「何、言ってるの? 僕は生まれたときから男だよ。」
 はーっと息を吐いて当麻は安心した。
 やっぱ、こっちの伸の方がいいなあ。男なのに可愛らしいもんなあ。
「一体、何があったんだい。」
 怖いものを見るように、当麻を見ていた伸が訊く。
「お前が女になる夢を見たんだが、やっぱり男の方がいいなと思ってなあ。」
「……もうその先は聞きたくない。」
 がくりと肩を落として、伸は大きな溜め息をついた。
 どんな夢を見たのか分からないが、当麻の夢の中で自分が女性にされたと思うと、とても憂鬱な気分になるのだった。


 今回もひさしぶりの憂鬱でした。いろいろツッコミどころはあると思いますが、こっそり見逃してください。お祝いのブログはこちらで。