螺旋状未来の預言者

 螺旋状未来の予言者


 プルプル、と携帯の振動音が聞こえた。丁度、眠りの浅い時間だったのだろうか。気付いた当麻はヘッドボードの棚にある携帯に手を伸ばして相手を確かめた。仕事の電話ではない。知らない番号からだ。
 抱き締めている伸を起こさないように、そっとベッドを降りて携帯を片手にリビングに降りた。


「はい。羽柴です。」
『こんばんは。』
「こんな時間に何の用だ?」
『……未来の毛利伸です。』
「……。」
『信じてない?』
「いたずら電話なら切るが?」
『1999年、君は僕と出会った。2009年4月、つまり今の君は僕と再会する。そして、事件の渦中にある。これで信じてくれるかい?』
「……本物なのか?」
『当麻、今日はね。君のいる世界の夜空の星の配置と、僕の世界の星の配置が、寸分違わず、同じなんだよ。だから、こういう奇跡が起きた。』
「未来、と言ったが、どれくらい先なんだ。」
『忘れてしまったよ。』
「えっ? どういうことだ?」
『くわしいことは言えない、この魔法には制限がある。この通話では、君と僕のことしか話せない。』
「征士や遼や秀はどこにいる?」
『……だから、僕と君のことしか話せないと言っただろう。しっかり話を聞いてよ。』
「なら、俺は、どこにいる。」
『……僕の傍にいるよ。』
「そうか。元気にやっているのか。」
『こちらでも相変わらずよく寝るし、大食漢だよ。』
「未来の俺は、お前の傍にちゃんといるんだな。それなら安心だ。」
『……話があるんだ、当麻。僕と一緒にいる当麻じゃなくて、そっちの君にしか話せないことだ。』
「なんだ?」
『結論から言っておくよ。君が今、その道を歩き続けると、僕は君の未来を奪ってしまう。その未来が、今の未来だ。こっちの君は、僕以外の全てのものを失った人だ。』
「訳がわからんな。今の俺は自分の信じる道を歩いているだけだ。それで自分の未来が奪われるとは思わない。」
『……そうじゃない、そうじゃないんだよ、当麻。今の君には、まだ未来がある。時がきたら、素敵な女性と結婚して子供を作って、その子供も結婚して孫が産まれて素敵なおじいちゃんになって……そういう人間らしい生き方をして欲しいんだ。もう一度、海外に行って、研究者として成功をおさめるのもいいだろう。そうやって、自分の命を生きて欲しいんだ。』
「なんだ、じゃあ、お前の傍にいる俺は、そんなに悲惨なのか。」
『……僕が奪ってしまったからね。』
「そっちの俺はそんなに弱いのか。」
『君が弱かったんじゃない。全部、僕の責任なんだ。』
「そういう、一人で背負い込むところは変わってないんだな。」
『ねえ、当麻。お願いだから僕の望みを聞いて欲しい。
 いつか、その時、が来たら、僕の手を離して。僕のことなんか、君の頭の中から追い出して。出会ったという記憶も、肌に触れた温もりも、交わした言葉も口付けも、握った手のひらの大きさも、全部、全部、君の中から消去して。僕を君の記憶から葬り去って。水滸の鎧はなかったと、もしくは別の人物がまとっていたと考えて。
 ……僕はいなかったことにして。』
「……泣いているのか。」
『泣いてなんかないよ。ちょっと、感情が昂っただけだ。お願いだよ、当麻。僕の言うことを……』
「断る。」
『当麻!!』
「伸の言うことなら、未来の伸だろうが過去の伸だろうがなんだって聞いてやるさ。でもな、それは俺がお前を自分の世界の一部として認識している、つまりそこに『いる』と理解しているからだ。お前の存在そのものを消去してしまえば、果たした願いすらなかったことになってしまう。そんな理不尽を甘んじて受け入れることはできない。」
『……でもこのままじゃ、君はひどい目にあうよ。』
「たとえば?」
『死んだ方がいいと絶望するような出来事に巻き込まれるんだ。それも、一回じゃない。そして、僕のいるこの未来の先でさえも、それが起きる可能性が高いんだ。……そんな未来を歩む君を、僕は見ていられなかった。』
「…………。」
『だからお願いしているんだ。今の君には、まだ未来を選択する余地がある。そこの毛利伸に、君は手を差し伸べたいと思っているのは分かる。でも、その時がきたら、君から手を離してほしいんだ。僕はその時、自分の意志で動けないから。』
「ひとつ、聞いていいか?」
『なに?』
「そっちの俺は、今、何をしてる?」
『隣で寝てるよ。』
「どんな顔をしてる?」
『……客観的に見れば、多分、幸せそうな顔をしていると思う。』
「なら答えはひとつだ。そこの俺は、お前の隣で満足して幸せなんだろう。俺はこの道を歩む。俺のことでお前が苦しむか、俺がお前のことを忘れるか。そんな選択は無意味だ。死んだ方がいいと思う絶望を体験しても、そこの俺は幸せそうに眠っているんだろう。つまりそこの俺は普通の生活じゃ手に入らない経験をして幸せを手に入れたということだ。お前が苦しむことじゃない。隣のそいつは、十分、幸せだ。だから、安心しろ。」
『当麻……』
「未来に何があるかわからんが、少なくとも、お前の傍にいられるということだけ分かって、安心した。絶望すると言ったが、俺の本当の望みが断たれるのは、お前を失う時だ。お前がそこにいるということは、失っていないのだろう。」
『……。』
「なぜ、返事をしない?」
『……僕を失ったあとの君を、僕は見ていられなかったんだ。』
「おい、それはどういう……」
『ああ、星の時間の魔法が解けてしまう。僕は忠告したよ。その時、はすぐにやってこないけれど、その時、のために、今から考えておいて欲しい。今夜、僕が話したことを。じゃあ……』
「おい!」
 ジジ……という音がしばらく続いたあと、通話が切れた。


 音をたてないように、当麻はそっと後手で寝室のドアを閉めた。
 目が部屋の暗闇になれると、うっすらと世界はグレーの濃淡に浮かび上がる。ベッドに歩み寄って、眠りの海に漂う伸の寝顔を覗き込んだ。
 ……とても、静かな顔をしている。凪いだ夜の海の、広々とした静けさだ。
 起こさないように、そっと小さな頭を抱きしめる。フローラル系のシャンプーの香りが鼻孔をつく。
 うん? と小さく声がしたが、起きる気配はなさそうだ。
 温かな体温を、当麻は身を持って味わっていた。それは今、彼が「現在という時間にいる」証だ。
 ……僕を失ったあとの君を、僕は見ていられなかったんだ。
 未来の伸はそう言った。このままでは、俺は伸を失うのか。それでも、その先にも一緒にいられるというのはどういうことだ?
 疑問が次々に沸き起こる。
 それでも、と当麻は思う。
 どんなに数奇な命運を辿ろうが、自分が選択する道はひとつだ。
 伸と共に歩む、ということ。
 そこにどんな障害が待っていようが、絶望の淵を見せつけられようが、想像を絶する未来が待っていようが、構わない。
 未来は、自分が望む限り、輝く希望だ。
 その時が来ると、未来の伸は言った。
 ならば、はっきりと「その時」に立ち会い、自分の望む選択を選ぼう。それが、未来の伸が望まない道だとしても。
「悪いな、俺は諦めが悪いんだ。お前が拒否してもこの手は、離せない。」
 腕の中の佳人に、独り言を聞かせる。その言葉は眠りの淵の向こうには届かない。 
 寝室の闇に滲んで、夜の時間の欠片の中にさらさらと消えていった。 

予定になかった毛利誕、ということでかなり短めのお話になりました。完全に本編とリアルタイムで繋がっているお話です。その他、毛利さんおめでとう! なブログはこちら。