真田先生の秘密

 真田先生の秘密


 元・虚弱体質ヒーロー、烈火のリョウこと真田遼(24)は、現在、甲府市内の認可保育所「ひまわり保育園」の保育士として働いている。
 真田先生は、赴任当日から、子供たちだけでなく保護者の方々のハートを鷲掴みにし、現在、「小学校にあがったら、恋人になる約束」を交わした相手、52人、「大人になったら結婚する」約束を交わした相手、66人、保護者のお母さんからお茶に誘われた回数、数知れず、甲府市内の繁華街のスナックのママ(もちろん、子供は保育園の園児)から3億を積まれて「愛人にならない?」と誘惑された回数、1回、と伝説を残す。
 さらに、今年は「全国の保育士さんによるアンパンマン体操選手権・ソロの部」(主宰・NHK/審査員・やなせたかし、他)で三年連続首位を獲得し、全国の保育士さんの中でも有名人になってしまった。おかげで、全国の保育所からのひきぬき争奪戦が水面下で行われているのだが、「ひまわり保育園」の園長が「給料を3倍にしても真田先生はこの保育園のもの」という辣腕ぶりを発揮、おかげで、真田先生は、平和に「ひまわり保育園」の先生として、子供たちから愛される毎日を送っている。
 ちなみに、職員内での愛称は「ひめ先生」。これは、「ひめぐみ(講談社の幼児向けおしゃれ雑誌)」と真田先生がいれば、園内の女の子は文句を言わない、という実話からきている。



「りょうせんせいー、りょうせんせいー!」
 聞き慣れた子供たちの声に、遼が振り向くと、4人の子供たちが何かを手にして振り回していた。
 迎えに来ていた保護者の母親との会話を、これをチャンスとばかりに、遼は切り上げて、4人の子供たちのもとへ、駆け寄る。
「どうした?」
 遼を呼んだ4人の子供は、陽斗(はると/5歳)、大地(4歳)、凛(4歳)、陽菜(ひな/4歳)だった。 
 保育園の近所に住む子供たちで、4人とも同じ病院で生まれたという、仲良し幼なじみグループである。
「ほら、きょう、あたらしくきたおもちゃ。」
 最年長の陽斗が手にしているのは、スポンジでできた剣だった。剣というにはとんでもない色合いだが、子供たちにとっては、間違いなく剣なのである。
「これで、シンケンジャーごっこやろっ!」
 お転婆な凛が、遼の腕にしがみついて甘えた。
 シンケンジャー、といえば、日曜朝の子供たち(と、そのお母さん)のための時間に放映されている、由緒正しい戦隊シリーズ第33代目のヒーローである。
 遼も、仕事柄、子供たちの話題についていくために、ちゃんと起きて見てはいる。
 が、せっかくの休日の朝なので、半分寝ぼけているためか、「なんか、俺たちみたいなサムライヒーローが5人いてお化けみたいなものと戦っているな」とか「俺たちの時も、あんな大きなロボットが助けてくれてたら、ちょっとは楽だったかも」程度の記憶しかない。そこは、大雑把なO型である。
「陽斗と大地はわかるけど、凛と陽菜はシンケンジャー、見てるの?」
「りん、シンケンジャー、だいすきだよ。かめんライダーも見てる。」
「ひなもみてるよ。ひりっぷくんがすきなの。あ、でもいちばんは、りょうせんせいだからね。」
 目をきらきら輝かせて話す女の子二人。スーパーヒーロータイムが別名スーパーイケメンタイムと呼ばれる所以である。
「よし、じゃあ、けってい! りょうせんせいといっしょに、シンケンジャーごっこやろう!」
 陽斗が手にしたスポンジの剣を、高々と振り上げる。
 続いて、大地、凛、陽菜も、おもちゃ箱から剣を取り上げる。
 いまいち、設定が読めない遼は、ええと、と頭をかいた。
「先生は、何の役?」
「もちろん、せんせいはとのさまやく、だよ。だから、けん、もって!」
 ああ、なるほど、あの赤いやつか、などと思いつつ、遼は両手にスポンジの剣を持った。
 が、体の記憶とは怖いものである。 
 両手に剣(スポンジ)を持った瞬間、無意識にポーズを決めてしまった。
「せんせい、なに、それー?」
「せんせい、だめだよ、とのさまも、けんは、いっぽんだよ。」
 しまった、と心の中で苦笑いする遼である。
 今は保育園の遼先生なのであり、烈火のリョウではないんだと。
 しかし、遼にとって剣が一本とは、ちょっと難しい問題である。
 烈火剣も剛烈剣も双刀だったのだ。剣を一本持って戦う、その構えがよくわからない。
 なので、長剣で戦っていた仲間の真似をするしかない。
『ええと、征士って、こんな感じの構えだったっけ? なんか、違うなあ。今度逢う時に教えてもらおう。』
 そんなことを考えているうちに、子供たちの中ではドラマが始まったようだ。
「おのれ! げどうしゅう、どもめ!」
 まず、陽斗が声をあげる。
「ひきょうなまねを、しやがって!」
 続けて、陽斗の弟分の大地が叫ぶ。
「との、ここは『へんしん』して、いっきにたおしましょう!」
 凛も、甲高い声を張り上げると、遼もつられて本気モードにはいってしまった。
「よし、みんな、いくぞ!」
「はい!」

「武装ーーーッ!!」

 右手を高くあげた瞬間、しまった、と気づいた遼だが、後の祭りだった。
 4人の子どもたちは、真剣な顔でポーズをとっている先生をみたまま、ぽかんとしている。
「せんせい、べつのてれびとまちがえてる?」
「へんしんのかけごえ、ちがうよ!」
 陽斗と大地が文句を言う。
 しかし、遼にだって言い訳があるのだ。
 10年前、ごっこではなく、本当に『変身(?)』していた時のかけ声が『武装ーーッ!』だったのである。
「あ、ごめんな。先生がまちがえた。ええと、なんて言って、変身するんだっけ?」
 言いながら、必死に番組映像を思い出す遼である。確か、携帯電話らしきものに筆がついているという、明らかにおかしなおもちゃで変身していた記憶はある。 
「りょうせんせい、ちゃんと、みてる? とのさまはね、『いっぴつ そうじょう! シンケンレッド しば たける』っていうんだよ?」
「よ、よし、分かった。」
 そうだったのか、今のヒーローは本名を名乗るのか、と感心する遼である。俺たちもあの時、阿羅醐の前で「烈火の鎧戦士、真田遼、見参!」とか名乗るべきだったのかもしれない、今度、どっちが良かったのか、みんなに聞いてみようと思う仁の戦士だった。
「じゃあ、やりなおし! せんせい、『へんしん』しよう!」
 大地に言われ、気を取り直す遼。
「よし! いくぞ! 一筆そうじょぉぉ!! シンケンレッド 志葉 丈瑠!!」 
 ちょっと違うと思いながら、それでも、こういうごっこ遊びにすら本気になってしまう遼先生(24)だからこそ、子どもたちに大人気なのだ。
「おなじくブルー。いけなみ りゅうのすけ!」
 陽斗が続ける。
「おなじくピンク。 しらいし まこ!」
 やんちゃな凛が、剣をもって飛び跳ねる。
「おなじくグリーン。 たに ちあき!」
 子どもなりに剣をかまえる大地。
「おなじくイエロー。 はなおり ことは!」
 ちょっと大人しい陽菜は、剣の持ち方がいまいちわからないのか、刃の方をもっている。
「「「「てんかごめんの さむらいせんたい シンケンジャー! まいる!!」」」」
 子どもの記憶力というのは、大人の想像をはるかに上回る。
 最後の名乗りは、見事、4人の声がそろった。
 「まいる!」の部分だけ、一緒に言う事ができた遼である。
「との、げどうしゅうどもが、たくさん、あつまってきました。」
「よし、戦おう!」
 勢い余って、遼が剣(スポンジ)を構えて、切り込もうとすると、陽斗が遼のエプロンの裾をひっぱって止めた。
「とのは、たたかっちゃいけないんだよ!」
「え?」
「とのは、ふういんの、もじからをもっているから、ぼくたちがまもるの。」
 遼の目をまっすぐ見てグリーンこと大地が言う。
「とのは、わたしがまもります!」
 ピンクこと凛が、女の子とは思えない、力強い目つきで遼に訴える。
「わたしも、とのを、おまもりします!」
 いつもは静かな、イエローこと陽菜にさえ言われて、遼は愕然とした。
『お、俺が不甲斐ないばっかりに、子どもたちに守られる配役をされるなんてーっ!!』
 単に、番組設定上、『殿が世界を左右する大切な封印のモジカラを持っているから臣下が守る』というだけなのだが、そこらへんは、寝ぼけ眼で番組を見ていたため、完全に知らない遼である。ましてや、10年前、散々他の4人に助けられ、守られた記憶のある遼にとって『守ります』という言葉は、トラウマに近い。
 そんな遼の思いを知らず、子どもたちは見えない敵と交戦しているようである。
 それぞれが、『とうっ』とか『そりゃぁ!』と、テレビの中のヒーローの動きやかけ声を幼稚ながらに真似て、飛び跳ね、戦っている。
 その姿に、幼い頃の自分を重ね合わせて懐かしんでいると、ブルーこと陽斗が大声をあげた。
「との、いまです、ひっさつわざ、ひゃっかりょうらんを!」
「よし、わかった!」
 百花繚乱がどんな技なのかは分からないが、必殺技というからには、大きな動きで大きな声をあげなくては、と遼は思い、めいっぱい、剣を振りかざして叫んだ。
「ひゃっっかーりょうーらーん!!」
 これでどうだ、と思い、子どもたちを見回すと、いまいち、反応が良くないようである。
 陽斗と大地は、顔を見合わせて、ため息をついている始末だ。
「ええと、先生、なにか間違えたかな?」
「せんせい、とのは、もっと、クールにひっさつわざを、きめるんだよ。」
「あんまり、さけばないのが、かっこいいんだ。」
 何! ヒーローは叫ばない方がかっこいいだと!!
 あまりの事実に、さらに愕然とする遼である。
 俺は10年前、ヒーロー(主役)として、烈火として、熱く熱く、もう、それは暑苦しいくらいに、叫んだり、泣いたり、わめいたりしたもんだぜ、それが赤い戦士の宿命じゃないのか!と、遼は思ったが、さすがにそれを園児に語る事はできないので、心の中だけで炎を燃やすにとどまった。
「とのの、ひっさつわざで、げどうしゅうどもは、みんな、やられてしまいました!」
「さすが、とのです!」
 やや落ち込み加減の、遼先生を励ますように、凛と陽菜が声をかける。
「お、終わったのか?」
「せんせい、ちがうよ。『これにて、いっけんらくちゃく』っていうんだよ!」
 陽斗が、軽い怒りを露にして、遼につっかかる。子どもにとっては、ごっこでも、真剣なのだ。いちいち、話の途中で間違えられては、つまらなくなってしまう。
「よし、これにて一件落着!」
 剣を振り下ろし、とりあえず、最後だけはポーズを決める遼である。
「りょうせんせい、こんどからは、ちゃんと、シンケンジャー、みてね。そしたら、また、シンケンジャーごっこ、してあげる。」
 大地の言葉に、わかった、悪かったな、と謝る遼のエプロンを、陽菜がしきりにひっぱっていた。
「ん? 陽菜ちゃん、どうかしたの?」
「りょうせんせぇ、さっきの、ぶそーって、なに?」
 大人しい割には、好奇心の強い陽菜は、遼先生の謎の言葉が気になっていたらしい。
「あ。あれはな。先生が、陽菜ちゃんくらいの時に見ていたヒーローが、変身するときに言ってたかけ声だよ。」
 まさか、本人です、とは言えない。
「へえ、なんていう、てれびなの?」
 機嫌を悪くしていた陽斗が、急に目を輝かせて遼の話に食いついて来た。基本的には、陽斗は遼先生が大好きなのだ。
「あ、うーん、昔のことだから忘れたなぁ。でも、真似はできるぜ!」
 それは真似ではなく、本物である。
「りょうせんせい、おれ、みたい!」
「わたしも、みたい!」
「わたしも!」
 好奇心いっぱいに、瞳をきらめかせる子どもたちの前で、気分は悪くない遼である。
「じゃあ、ちょっとだけな。」
 そう言って、遼は4人から少し離れると、深呼吸をした。
 そして。

「武装!!れっかぁぁーーー!!」

 体に染み付いた武装ポーズをとる。
 本物の迫力が、子どもたちに伝わったのか、すごーぉい、と拍手が起こった。
 続けて、二本の剣(スポンジ)を慣れた構えで持つと、えいっ、やあっ、と、まさに、先程、子どもたちが見えない敵と戦っていた時同様に、遼も、見えない妖邪兵をなぎ倒し、突き進む。
 そして、キメは必殺技である。

「そーえんざあっんっっっ!!!」

 二本の刀を思いっきり下ろす。
 遼の目には炎が見えている。
 そして、久しぶりに本気で体を動かした遼は、知らず知らず、はあはあと肩で息をしていた。
「りょうせんせい、かっこよかったけど、ヒーローは、つかれをみせちゃ、いけないんだよ。」
「とのは、たたかったあとも、クールだよ。」
 ぱちぱちと手を叩きながら、しかし、陽斗と大地は辛辣すぎる感想を述べた。
「いいのよ、りょうせんせいは、りんが、まもるんだから。よわくても、やさしいせんせいがすき。」
 勝ち気な凛が、遼先生を擁護するが、全くのフォローになっていない。
「ひなも、りょうせんせいは、よわくていいとおもう。だいたい、せんせいには、たたかいは、むいてないとおもうの。おうたのほうが、にあってる。」
 将来、遼先生と結婚すると約束した陽菜は、精一杯、遼先生を褒めたたえたつもりだ。
「ま、たしかに、りょうせんせいは、ヒーローってかんじじゃ、ないよな。」
 納得したように頷く陽斗。
「だいいち、ヒーローだったら、こんなとこにいるわけないじゃん。ここ、ひまわりほいくえんだぜ?」
「そうだよな。」
 子どもたちの会話の隣で、元・鎧戦士の大将こと烈火の遼が、こころの中で、どんがらがっしゃん!!とやったのは言うまでもないことだった。


2009.12.16 脱稿

ryo1.jpg

この話のすべてのきかっけとなった、うーたんさんからの頂き物。保育士遼。
遼先生は、どこにいてもヒーローだ。(獅子座だからな)

保育士遼、という設定を第5話で書いた後に賛同いただけたようで、そのあと、何度かメールをやりとりしているうちに、脳内にでてきたネタや、教えていただいたネタを全部集めてみました(笑)わたしには、育児経験はないのですが、親しい友人の男の子と小さい頃から遊ぶ機会がありまして、彼を見てると、子どもの想像力ってすごいなぁと思うのです。実際、一緒に仮面ライダーごっこをした時は、大変でした!(笑)あとアンパンマン体操ね>Uさん 動画見て、脳内で遼に変換して大爆笑しました。シンケンジャーは、きっと、みんな誰もが「これは!」と思ったんじゃないかなぁとか。サムライだし。話によると、放映日程が地域によって違うようなので、一応、初期の頃の設定で。サンライズvs東映。そんなお話でした。ああ、でも、毎週、スーパーヒーロータイムを見ている遼ってなんか、萌える。プリキュアまで見てるんだよね、きっと。