毛利伸の憂鬱2
昼間、ナスティがやってきて僕たちの共同生活に潤いを、なんていいながらいくつかの差し入れをしてくれた。
旦那さんのオフィスが銀座の近くにあるので、ついでに寄ったのだろう。松坂屋銀座の地下で購入したという、立派に包装された高そうなお菓子や、東京の老舗の料理屋が店舗を出しているお惣菜。
中でも、僕の目をひいたのは、日本茶だった。
「福岡・八女」の玉露。
生産している福岡の星野村は、全国茶品評会でも有名な産地だ。
何故、お菓子やお惣菜の中に、こんな高いお茶がはいっているのか聞いたら、「うちは旦那もわたしも日本茶を飲まないのよ。それは、旦那の会社のもらい物なの。伸が好きだと思ったから、一緒に持って来たの。」といって笑った。
確かに、ナスティはフランス育ちだから日本茶を飲む習慣はないだろうし、旦那さんも海外での仕事が多いらしいから、日本茶を飲むゆとりもないんだろう。
茶道をやってきた僕としては、ちょっと残念な気もしたけれど、育ちは育ちなんだから仕方がない。
おかげで、僕たちにこんな良いお茶が巡って来たんだから、それはそれで良しとしよう。
たまたま隣にいた征士がぼそっと一言、「当麻と秀には、そんなお茶を出すなよ。味の分からない奴が飲んだら、お茶に申し訳ない。」と一言。
その中に遼が含まれていないのが、征士らしい。きっと、遼だって銘茶の味は分からないと思うけどね。
そういう訳で、今日の食後のお茶は八女の玉露。
洗い物を終えて、やり残した雑用に、明日の朝ご飯の準備をしてから、お盆に人数分のお茶を注いでリビングに向かう。
しんとした広いリビングからは、65インチのテレビの音声だけが響いていた。
「みんな、お茶はいったんだけど。」
「しーっっ。」
画面に集中していたらしい秀が、振り向いて、人差し指を立てる。
そういや、今日の夕食後は、当麻が借りて来たDVDの鑑賞会だとか言っていたことを思い出した。何を借りてくるとは言わなかったけれど、珍しく、征士を含め4人が集中して見ている画面を見て、すぐにわかった。僕たちの時代のアニメの金字塔ともいっていい作品だった。
といっても、放送当初、僕の住む町では放映されていなくて、まだそのころはVHSだったビデオをレンタルしたものを、友人宅で見ただけだったから、内容はあまり覚えていない。ただ、特徴のあるキャラクターが印象的に心に残っている。
それが、今年、映画化されるという。正確には、シリーズ三部作の第二部なんだそうだ。そのシリーズ第一部を、当麻は当時、見逃していて今まで見ていなかったとぼやいていたから、多分、それなんだろう。
みんなの視聴に邪魔にならないように、そっとお茶をおいて、僕も秀の隣のソファに座る。
ドラマは終盤に向かっているようだった。
でも、ちょっと不思議に思う。
確か、このドラマの主人公は14歳で、僕たちがアラゴと戦いを始めたのも、僕を除いて14歳だった。
そういうことは気にしないのだろうか?
映画の主人公はフィクションの中で世界を守るけど、僕たちはこのリアルで世界を守った。
だから正直、あまり、こういう戦いのアニメを見る気持ちって分からないんだけれど。
それは、僕が弱いだけなんだろうか。
フィクションはフィクションとして楽しむべきものなんだろうか。
いろいろ考えていたら、ドラマは終わり、エンディングが流れ始めた。
宇多田ヒカルの「Beautiful World」だ。
もしも願いひとつだけ叶うなら
君のそばで眠らせて どんな場所でもいいよ
Beautiful World
迷わず君だけを見つめている
Beautiful World
自分の美しさ まだ知らないの
この歌は一時、ラジオでよく流れていたから覚えている。
良い曲だと思ったから、CDも買った。
「もしも願いひとつだけ叶うなら」っていうフレーズが、なんとなく切ないよね。
そんなことをつらつらと考えていると、恒例の「感想タイム」が始まった。といっても、こういう場の主役は当麻と秀なんだけれど。
「なんか、オリジナルとあまりかわってなくね? 映像は確かに綺麗だったけどな。」
と秀。
「そりゃ映像は綺麗だろう。テレビサイズのものを使えんからな。映画用にすべて作り直してあるのさ。むしろ物語の設定のどこが変わったかってことだ。な、征士。」
当然、ともいう振り方に、僕は疑問を感じた。
征士がアニメを見ていると思わなかったからだ。
「うむ。ネルフとゼーレの紋章が変わっていたな。あとは、やはり序盤でミサトたちが地下にいるのがリリスだと知っているところは、随分と思い切った設定変更だと思うが?」
「お、征士、分かってるじゃないか。」
同士を得たといわんばかりにご満悦の当麻は、「やっぱ、あとは初号機の発光しているところとかたまんないよな……」と語り始めた。
当麻はともかく、征士がどうしてそんなに詳しいんだろう。
テーブルごしに、そっと話しかけてみる。
「征士さ。」
「なんだ?」
「これ、リアルタイムで見てたの? やけに詳しいじゃないか。家でアニメなんて見させてもらえたのかい?」
「わたしにだって、子供時代はあったのだぞ、伸。」
いや、僕たちが出会った時は子供時代だったけど。
「たまたま、友人の家で見たら面白かったのだ。」
「どこが?」
「出てくる敵の形が、なんだか不思議な形をしているだろう。それに、妙に惹かれてな。」
そういや、征士の趣味って、前衛盆栽だったっけ。
前衛というからには、やはりアバンギャルドな美意識があるのだろうか。
髪形とか。
10年前には気づかなかった、征士の新しい一面を見た気がする。
「で、遼は?」
当麻に突然振られ、ぽかん、とした表情で遼はみんなの顔を見渡した。
それから、ちょっと困った顔で、答える。
「俺、これ、原作知らないからさ。」
「でも、感想くらいあるだろ。」
と秀。
「う〜ん。主人公の男の子が、すごいなって思った。14歳で、あんな大きなロボットみたいなのに乗せられて、大変だなぁって。」
それをいうなら、遼。
同い年くらいで、いきなり輝煌帝をまとって肉弾戦をしてた君の方がすごいと思うんだけど。
ま、それに気づかないあたりが遼らしいんだけどね。
「なるほど。そういうことか。」
ぽん、と手を打って、当麻が遼にピシっと指をさした。
「遼! あの主人公が凄いと思うんだな?」
「う、うん。」
「じゃあ、心をこめて『逃げちゃだめだ』って、三回言ってみろ。」
「ええ?」
どうやら、また、例の当麻の配役ごっこが始まったようだ。
それに気づいた遼は、いち早く征士に救いを求めて、視線をそちらに泳がせた。
しかし、今回ばかりは征士も乗り気なのか、口元に笑みを浮かべて見守っている。
観念したらしい遼は、ひとつ、大きく息を吸った。
そして。
「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ!」
……遼、そんなに真面目に演技しなくても。
しかし、どうしても、当麻の意図が分かってしまい、声を漏らして笑ってしまった。
征士は口元を押さえて、必死で笑いを隠そうそしているし、当麻と秀にいたっては、声をあげて大笑いをしている。
遼ひとり、おろおろと、自分のやったことの意味がわからずに途方にくれている。
「俺、なんかおかしかったのか?」
必死で当麻に尋ねる遼。
「いや、いいんだ、見事だった、遼。」
「じゃあ、どうして、みんな笑っているんだ?」
「いや、それは俺たちの将である遼しかできないからだって!」
フォローにならないフォローをいれる秀。
「訳が分からないじゃないか。分かるように教えてくれ、当麻!」
詰め寄られて、笑いを堪えながら当麻が説明をはじめる。
「あのな、さっき遼が言った台詞は、あの主人公の『口癖』なんだよ。」
「うん、それで?」
「気づけよ、遼。10年前のお前の口癖、あっただろ?」
「口癖?」
何のことだ?と不審な表情を浮かべて、遼が首をかしげている。
遼の気持ちはよくわかるよ。
「癖」っていうものは、自分で気づかないから「癖」なんだよね。
でも、10年前は、その「口癖」がどれだけ「仁将らしさ」を表していたか、僕たちはいい意味でも悪い意味でも知らされたんだ。
う〜ん、う〜ん、と首をひねるばかりの遼を見かねたのか、秀が遼の隣にすわりぽんぽん、と肩を叩いた。
「あのころの遼はよ、なんでも自分が悪いみたいなこと言ってさ。良く『俺が不甲斐ないばっかりに、みんなに迷惑をかけてしまってーー!!』ってのが、あっただろ。それだよ。」
「そ、口癖があるのは、主役の華がある証なのさ。」
秀と当麻に説明され、ようやく状況を把握したらしい遼が、顔を真っ赤にして、それから続けた。
「それは、あの時は!」
「あのね、遼。みんな、遼のことを馬鹿にしている訳じゃないんだよ。ただ、僕たちの中心の存在である遼が、今でもこうやって、真ん中にいることを確認して安心しているだけなんだ。方法は、ちょっと良いとは言えないけどね。」
「そういうものなのか?」
このまま、不機嫌にならないうちに、遼にはとりあえず落ち着いてもらおう。今回は、征士にお守りが頼めそうにないのだ。
その征士ときたら。
「では、当麻。わたしは何なのだ?」
「唯一の美形キャラは、渚カヲルしかいないからな。征士の席だ。」
「あれは人間ではないようだが、まあ、嫌いではない。原作では主役が唯一、心を許す存在だったと覚えている。」
今日は征士まで、ネジ一本緩んでいる気がするのは僕だけだろうか。
「んじゃあ、俺は?」
「秀は鈴原トウジだ。」
「え、脇役かよ。」
「主役の親友で、家族思い。お前にぴったりじゃないか。」
「なるほど。」
相変わらず、当麻は秀を言いくるめるのがうまいね。そういうとこだけ、智将だよ、全く。
そして。
前回の件もあったから、想像はしていたんだけれど、改めて聞いてみる。
「じゃあ、当麻。僕はなんだい?」
「当然、綾波レイだな。」
迷いもなく答える当麻。
予想通りとはいえ、やっぱり腑に落ちない。
「ふうん。理由は?」
「色素の薄いところがそっくりじゃないか。まさに俺好み。」
最悪だな、コイツ。
そこで僕を見てニヤニヤ笑うな、気持ち悪い!
「ところで、まだ当麻の席が埋まってないようだが?」
征士が些細な質問を投げかける。
いつもは、中盤でオイシイ役を取っていくのだが、今回はまだ何も言い出していない。
「俺の第一希望は、やはり碇ゲンドウだな。人類補完計画のような大きな仕事は、智将の俺しかできないはずだ。」
誰も、君の希望なんて聞いてないよ。
ていうか、なんで、自分だけ、「第一希望」とか言っているわけ?
「うん、まあ、それは納得だな。お前、あってるよ。ああいう怪しげな役。」
秀までそこで納得しない!
「で、第二希望なんだが、どっちかというとこちらを優先させたい。」
「では、それを第一希望にすれば良いではないか。」
「それではダメなんだ、征士。智将としての俺は碇ゲンドウ役なんだ。だから、第二希望は個人的な希望、というわけさ。」
「もったいぶらずに言えよー、当麻!」
「俺の第二希望はな、エヴァンゲリオン零号機だ。」
一同、沈黙。
ええと、僕も思考が追いついていかないんだけど。
時に、IQ250はとんでもないことを考えているから、なぜ、当麻が、あんなあまり見栄えのよくないロボットみたいなものになりたいのか、理解できないんだけど。
それは、みんな同じだったようで。
「どうして当麻がロボットなのだ?」
征士がまっすぐに、みんなの疑問を投げかける。
「ふふ、考えても見ろ。エヴァンゲリオン零号機は綾波レイと神経接続で一心同体だぜ。エヴァ側からの浸食もできるんだ。なあ、伸?」
満面の笑みでこっちを見ている当麻。
どうやら、そういう場面を妄想しているようだ。
「変わり者だな、当麻は。」
「征士、ちげーよ、変態っていうんだよ、当麻の場合。」
甘かった。
僕の考えが甘かった。
なんで、こんなセクハラもどきのことを、僕は言われなきゃいけないんだ!
ふつふつと沸いてくる怒りを、どうしてやろうか。
そうだ、明日の朝のサンドイッチ。
当麻のだけ、マヨネーズにわさびを大量に混ぜてやればいい。
もし、食べ残そうとしたら、二度と朝ご飯はつくってやらないと脅して、完食させてやる。
冷蔵庫にはなかったな。買ってこなきゃ。
「なー、伸、どう思う?」
「うん、当麻がそれでいいのなら、いいんじゃない。あ、ちょっと買い忘れしたものを思い出したから、出てくるね。」
なんだか、怪しげな妄想に浸っている当麻を見ていると、こっちの方が精神に悪そうな気がしたので、僕は慌ててリビングを出た。
2009.11.07 脱稿
カッコイイ天空ファンの方、すみません!!(笑>二度目)ていうか、天空ファンの方を敵に回すつもりは、まったくないんです!!わたしが至らないばかりに。ネタ的には憂鬱1の前にできていたネタです。伸ーレイのイメージがなぜか強くて(笑)あと、14歳問題(笑)お母さんがいない14歳って、まさに、遼じゃないですか(笑)、コレが一番のきっかけでした。(なので、逃げちゃだめだ×3は草尾さんの声で(笑)つか、あれですよね、話的にアニメ内アニメというか、なんというか。ちょっと、今回計算したんですけど、陰陽伝設定では1999年時点で5人は14(15)才なんですね。で、エヴァの放映時期は、1995年だから、11歳の時がエヴァ本放送なんですよね。彼らはいわゆるリアルエヴァ世代な訳です。(本設定なら、どっちかというとガンダム世代なんでしょうが)関係ないですけど、宇多田ヒカルさんのBeatifulWorldは大好きです。なんとなく当伸っぽい歌ですよね(笑)