毛利伸の憂鬱1

 毛利伸の憂鬱1


 10年ぶりの共同生活が始まってから一週間が過ぎた。
 二十も半ばの男5人の共同生活、というのに、最初は少々、戸惑いもあったけれど、僕も含め、みんな、それなりに個々の生活スタイルを確立して慣れて来たようだ。

 その生活サイクルの中でも、5人が顔をそろえるのはご飯の時。
 相変わらず、当麻と秀はよく食べるし、遼も征士も、10年前よりはたくさん食べるようになった。体が大きくなったんだから、当たり前か。僕としては、作り甲斐がある反面、前にもまして、栄養バランスを考えなきゃね、と思うのだ。

 夕飯のあとは、特別な事がない限り、みんなリビングで過ごしている。
 生活をはじめた最初のうちは、お互いの近況報告だったり、世間話をしていたのだけれども、そういうのに飽きてくると、まずは秀がゲームを持って来て始めた。そういう時は、遼と秀と当麻がテレビゲームに夢中になっている。
 征士は、やはり育ちのせいもあって、ゲームは苦手らしく、ソファでくつろいで、本を開き、時折、声をあげて喜ぶ遼の姿を目の端で確認して微笑んでいる。

 みんなでテレビを見る日もある。
 そして、なぜか、そういう時のテレビ番組選択権は、当麻が得ているのだ。
 秀は仕事柄、テレビを見る時間がないから、よく知らないらしい。
 征士は、やはり、芸能界だ、ドラマだとかそういう話題からは遠いようで。話によると、独り住まいのマンションにはラジオしかないということだ。
 遼もよく似たもので、普段はテレビを見ないそうだ。たまに、NHKで放映するような、動物のドキュメンタリーをみるだけだという。
 僕は、職場での話題についていくために、という理由もあって、そんなに見ないわけでもないけれど、かといってくわしい訳でもない。
 第一、山口と東京じゃあ、放送局が違うのだ。
 そういうわけで、一人、先に東京暮らしをはじめていた当麻が、自然と番組を選ぶようになった。
 まあ、海外が長かった分、日本の現在に追いつこうとしているようでもあるんだけどね。


 夕飯の洗い物をして、食後のお茶を入れる。
 今日のお茶は、メイプルティ。  
 昼間、買い出しにいったその帰り道に、ちいさな雑貨屋さんをみつけて、ひきこまれるようにふらりと立ち寄った。
 そこで、甘いメイプルの香りに誘われて買ってしまった。
 甘いお茶、なんて、征士は文句をいいそうだけれど、あとの「お子様組」3人は、喜ぶかな、と思ったのだ。 
 特に、あの、自称、「智将」は。

「はい、食後のお茶。」
 そう言葉を添えて、テーブルのみんなの前にお茶を並べる。こういうサーブする感覚は、僕は嫌いじゃない。
「ホットケーキの匂いだ!」
 目を輝かせて、遼がティーカップを覗き込む。
「メイプルティか。懐かしいな。俺、大好きだったんだ。向こうに居た時、よく飲んでた。」
 早速、嬉しそうに当麻がカップに口付けた。
 秀も征士も、それぞれ味見してから、うまい、と感想をもらす。
 なんだかんだいって、みんな、まだ子供なんだよなぁ。
「ところで、今日は何を見てるんだい?」 
 テレビ画面をみると、どうやらアニメのようだった。
 どこかで、見た事がある絵だ。
 そういや、大学時代に、友人の家で見せられて長々と説明された気がする。
 しかし、あまり興味がなかったから、タイトルが思い出せない。内容はぼんやりと覚えている。なんだか、未来人とか宇宙人とか出てくるちょっと男の子向けのアニメで。
「当麻のヤツがさ、向こうの友達でこの番組が流行っているってメールもらったから、見るんだって、昨晩の深夜放送を録画してたんだよ。伸、知ってるか、コレ?」
 秀が、目の大きな華やかな女の子が映っている大型ディスプレイを指差す。
「ううん、見た事はある気がするけど。でも、少し前じゃなかったかな。友人の家で見たんだけどね。タイトルは思い出せない。」
 そんな僕と秀のやりとりを全く気にせず、テレビに集中していた当麻が、唐突に呟いた。
「遼はみくるちゃんだな。」
 は?というように、僕を含めて全員が当麻を注視した。
 秀が、全員の思いをまとめるように、当麻に問う。
「この、ロリロリの服を着た巨乳の女の子がなんで遼なんだ?」
「10年前の遼は、これくらい萌え度の高い可愛いらしさだったぞ。よく泣くところも同じだろう。まあ、胸がないのは仕方ないな。」
 リビングの気温が一気に三度くらい下がった。 
 この智将は、10年前も寒いギャグを言ったりして僕たちを困らせた事があったんだけれど、どうやらその部分だけ進化してしまったのか?
「……当麻、お前、俺のこと、そんな目で見てたのか。」
 遼が目を泳がせて、おびえるように当麻の側から離れて、征士の座っているソファに逃げ込む。 
 その肩をさりげなく抱き寄せて、アメジストの瞳に怒りの色を浮かべた征士が抗議の言葉をあげた。
「当麻、貴様、変態か。」 
「安心しろ。イケメン古泉は征士に譲ってやる。」
「そういう問題ではない! 当麻、こっちを向け!」
「まあまあ、征士も、ほら、大人なんだから、ね。あれはアニメだから。」
 別に当麻を援護をする訳でもないけれど、ここで、征士が本気で怒ったら10年ぶりの共同生活が気まずいものになってしまう。そういう「空気」っていうのは、僕は嫌いだから、仕方なく、征士には大人になってもらおう。もう片方の当事者は、大人になれないからね。
「じゃあ、主役のハルヒは誰だ? まさか、伸か?」
「あのねー、秀? 君までも当麻側につくわけ? 今晩の夜食はいらないんだね?」
 軽く秀をにらむと、すみません、と小声で謝ってきた。じぶんの迂闊さに今更、気づくなんてね。今日は秀も当麻も夜食なし。
 確かにね、僕はちょっと口は悪いかもしれないし、女顔だと言われるし、5人の中で最年長だから、生活上、みんなをまとめるために仕切る時もあるけど。その主人公のハルヒほど、唯我独尊じゃないよ。
「馬鹿いえ。ハルヒは俺だ。」
 その、あまりにも力強く当麻が言うので、みんな、返す言葉もなくただかつての智将を見ているだけだった。
 僕も、何か言おうとしたけれど、言葉をなくしてしまった。
「ハルヒは『どんな非常識なことでも思った事を実現させてしまう』力をもっているんだぞ。まさに、智将たる俺の能力そのものじゃないか。」
 そういや、バカボンのパパも言ってたけど、当麻のIQ250は本当はBQ(BAKA Quotient)250の間違いじゃないのかな。
 しんと固まってしまったリビングで、ディスプレイの向こうだけが色鮮やかに動いている。
 気まずい、というかリアクションの返しようの無い中、こういう空気が一番苦手な秀が口を開いた。
「じゃ、さ。俺は?」
「喜べ。お前は主人公のキョンだ。」
「へ、俺、主役なの?」
 ちょっと困ったような、それでいて嬉しそうな顔をする秀。
 でも、秀、気づいてないんだね。
 その主人公は、ちゃんとした本名も、特別な力もないただのツッコミ役なんだよ。まあ、常識派、という点では一致しているかもしれないけどね。
 ものすごくくだらない話にのるのも、なんだか大人げない気がするけど、尋ねてみる。
「当麻、じゃあ、僕は?」
「決まってるじゃないか。ほら、長門有希だ。」
 当麻は、しごく当然のことといわんばかりに言って、画面を指さした。その先には、無表情な優等生っぽい女の子。
 僕は、当麻に気取られないように、テーブルの上のトレイをそっと手にとった。
「理由は?」
「俺好みの可愛いキャラで、性格は悪いけど、5人の中では一番、有能だからな。」
 当麻の背後に歩み寄った僕は、その頭上から一気にトレイを振り下ろした。

 ベキッ。

「いたいっ!」

 トレイの派手な音と当麻のうめき声が一緒にリビングに響いた。
 秀と征士と遼が、何かお化けでも見るような目で僕を見ているけど、そんなの関係ない。

「伸!! 何すんだよ。」
「当麻があまりにも馬鹿なこと、言うからだよ!」
「長門のどこが不満なんだ? 優等生のふりしてわりと過激だったぞ、10年前のお前は。長門はそういうキャラだぜ。」
「そういう問題じゃないよ。第一、その子は人間じゃないだろ。宇宙人じゃないか。」
「正確には、『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス』だ。」
「だから、そんなよく訳の分からない生き物と僕を一緒にするわけだね、君は。」
「安心しろ。俺は博愛主義者だから、可愛ければアンドロイドだろうが宇宙人だろうが愛せるから。」
 しらっと言って、僕を見上げる当麻の目には、全く反省の色もみえないわけで。
「あ、そう。君の考えてる事は、よーく分かったよ。言っておくけど、僕は宇宙人になってまで、君に好きだの愛してるだの言われたくないからね。」
 もう一度、頭をトレイではたいてやろうと思ったけれど、これ以上、当麻の頭がおかしくなると困るので、やめた。
 呆れて、ものが言えない。
 一週間、当麻はおやつ抜き。
 僕はそう、こころに決めて、不毛な会話が続くであろうリビングを出た。


20090928 脱稿

カッコイイ天空ファンの方、すみません!!(笑)元ネタはいわずと知れたハルヒです。当麻=アニヲタ説を唱えるのは私だけですか。。パソコン業界の人はいろんな意味でヲタだと信じて疑わないんですが(笑)