真紅の絆、深紅の想い
人しれず おもえばくるし 紅の すえつむ花の いろにいでなむ
命の勾玉の紅色は、生きている人間の血の証、そして深い想いの色だと思うようになったのはいつの頃からだろう。
小学生の僕がそれを手にした時、自分達の身を守ってくれるお守りでしかなかった。
けれども今は違う。
鎧玉を持たない僕が、このようにまた再会できたのはこの宝玉のおかげだ。
戦う力を持たなかった僕が、今回、遼たちと同じように必要な存在だと言われたのも、おそらく命の勾玉を僕が継承していたからだ。
梅雨の晴れ間の眩しい陽光に勾玉をかざすと、命の光が跳ねる。
十年前、血を流して戦う遼たちを見ていた僕は、幼いながらに大切なものを守る事と失う事が、人が生きてゆく上でどれだけ重大な事件であるかを知った。もちろん、その本当の意味を知ったのは大きくなってから、多くの人と関わり関係を築いては失うという体験を繰り返してからだけれども。
十四歳になった時、僕は自分と自分の同級生があまりにも幼い存在であることに呆然としたのを覚えている。
この歳で遼たちは生命を投げ出して戦っていたのかと思うと、学期毎のテストや予備校の模試で一喜一憂している自分を、そして友人たちを、僕はどこか遠い場所から冷めた目で見ていた。
その感覚はそれ以降も消える事はなく、中学から高校にかけての僕は、気の合う友人達に囲まれてそれなりに楽しくやってはいたけれど、そこで築かれる関係の薄さに、交わされる会話の浅さに、物足りないものを感じていた。
遼たちは、もっと深く揺るぎない真紅の絆で結ばれていて、どんな軽口でも決して無駄な言葉はなかった。
それが、戦いと異界という特殊な環境ゆえだと分かってはいたけれど、そのような絆が僕には築く機会がないことが、残念で仕方なかった。
だから、この事件に関われた事に僕は感謝している。
再び尊敬する兄たちに再会できた。そしてもう子供じゃない僕は、五人の真紅の絆に加わることはできないけれど、少しでも力になって別の形の絆をそれぞれと築いて行く事ができると思ったからだ。
十年前に比べて、遼たちは本当に変わったと思う。
烈火を纏う遼は、大きくなった。
以前は、仲間を守る事で精一杯だった彼は、今なら本当の意味で世界を守る事ができるかもしれない。それでいて純粋なままだ。保育士という仕事が、烈火の激しく全てを燃やし尽くす気性を、人を温め、命の炎を見守る存在へと変えたのだろうか。
光輪を纏う征士は、優しくなった。
神々しく綺麗で、近付き難い雰囲気を醸し出していたあの征士に何があったのだろう。相変わらず、その紫の瞳に真っ直ぐに見られると、一瞬怯んでしまうものの、そこに人を射貫く畏怖にも似た感情を沸き起こさせる光はない。高校の先生だと言っていたけれど、何が征士をこんなにもやわらかな存在へと変えてしまったのか、僕には分からない。
金剛を纏う秀は、さらに毅くなった。
秀は十年前から揺るぎない強さを内に秘めていたけれど、同時に一番、子供だと思っていた。僕にも対等に接してくれていた。けれども今は違う。店や家族といった社会的なものを抱えているせいだろうか。今の秀は、五人の中で一番大人で毅い。
天空を纏う当麻は、人間らしくなった。
僕の宿題を見る事すらも嫌がった彼が、今は世界中の人間とデジタルで繋がり、仲間や仕事相手と遣り取りをしているという。期待はしなかったけれど、どんな仕事をしているのかと尋ねたら、自分のノートパソコンを僕の前で開いて分かりやすいように丁寧に教えてくれた。まあ、そんな当麻が予備校生というのも、笑い話なんだけれど。
そして。
水滸を纏う伸だけが、変わらない。
しいていえば、戦いという場から離れて、透明で神秘的な人になった。内に秘めるものが深くなった。
風貌もあの頃のまま、どこか少年の面差しを残して、他の四人よりも幼く見える。小柄な体型も、やわらかな琥珀色の髪も、静かな海の面のような碧の瞳も、春の歌のような甘い声もあの頃のまま。
決して本人には言えないけれど、初めて自慰行為というのを覚えた時、僕の頭にはグラビアアイドルでもAV女優でもなく、伸の少し憂えた笑顔があった。それは決して恋などというものではなく、多分、僕の幼児性のせいだ。
「純、遅れてごめん、待たせたね。」
見上げると、そこには今、思いを馳せている人がいた。鼓動が早くなる。
僕は慌てて立ち上がった。十年前は僕よりも随分と高かった視線の位置が、今は下にある。
「あ、俺も今来たところだから。」
嘘だ。一時間前からここにいる。
今日、僕の誕生日に買い物に伸がつき合ってくれると快く言ってくれたのに甘えて、一日、独り占めにする計画を立てた。
立てたのはいいものの、何故か興奮してしまい、夜もあまり眠れず、待ち合わせの一時間前には吉祥寺に来ていた。
「そうなんだ、良かった。じゃあ、早速行こうか。大学に持って行く鞄を探すんだよね。当麻に言ってめぼしい店はいくつか探して来たから。」
当麻、という言葉に、一瞬、胸に鈍痛を覚える。
彼が伸に寄せる想いを、先日、田無神社で知ってしまった。
黙り込んでしまった僕に、伸がそっと手を差し伸べてきた。
驚いた僕に、伸が鮮やかに微笑む。
「純は僕の大切な弟だからね。」
弟、か。
心の中で一瞬でも思い上がった自分を嘲笑って、僕はその手をとった。
2010.0615 脱稿
純誕です。18歳の純はそれなりに大人になったと思うのです。8歳の時に5人とは違った意味で特殊な体験をした彼が、どういう思いを抱いて育ったのか、って考えました。純って蟹座だから、わりと自分の内側の仲間は大切にするタイプだなぁとか思いながら。イメージラストは絵描きさんが描いてくれた初純伸の絵。あ、「紅」というのは、深く秘めた想いを表す歌に使われる言葉だそうです。余談ですが、うちの純は慶応大学文学部日本史学科在籍(笑)な設定。その他呟きはブログにて。

